第143話

 泰滋の一家が久留米に来て、2週間が過ぎようとしていた。


 泰滋といえば日がな一日、ヤスエと家で過ごしながら養生に努める。ミチエといえば、忙しい性分をここでも発揮して、近郊の市場での時間決め臨時労働、いわゆるパートを見つけ出しせっせと仕事に精を出していた。


 泰滋が縁側で寝転んでいると、ヤスエがヨチヨチとやってきて散歩をせがむ。どんな天気であろうとヤスエは家で過ごすよりは、外で遊ぶ方を好んだ。自分もミチエもどちらかといえば出不精な方なのに、いったい誰に似たのだろろうか…仕方なく泰滋はヤスエのお供で散歩に出る。


 危なっかしいヨチヨチ歩きながら自分の足で歩きたがるヤスエは、泰滋が手を差し伸べることを好まない。自立心の旺盛な愛娘の背後について目で守りながら、泰滋はゆっくりとヤスエのあとを付いていく。


 泰滋は、小さなヤスエの背中を見守りながら、家長としてこのあとヤスエやママをどのように守っていったらいいのだろうかと思い悩んだ。ミチエは、自分が働くから今はとにかく養生して元気な体を取り戻して欲しいと、逞しい笑顔で自分を励ましてくれる。だからといって、いつまでもそれに甘えているわけにはいかないのだ。


 何ものにも優先してまず家族の幸せを考えなければならない。それが自分の務めだ。それを果たすことが家長としてのプライドでもあり、プレッシャーでもある。泰滋はふと自分の父親を思った。自分の父親も家長として、こんな想いを抱いて自分や家族を見ていたのだろうか。


 果たして父親が描く自分の幸せと自分自身が考える自身の幸せは、必ずしも一致はしないものだが、自分の幸せを考えてくれていることには変わりがなく、それに対しては感謝してもしきれないはずなのに…。事あるごとに難癖をつけて、父に反発していた自分が恥ずかしい。

 今更だが、今度機会があれば父とゆっくり一献を交わすべきだろうが…。そう思う反面、実際に顔を見たら、気恥ずかしい思いでそうは切り出せないだろうことも感じていた。

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