第116話

「なんでや言うても、ミチエさんも長旅でシンドイやろから…」

「起きていいんですか、泰滋さん」


 心配そうに尋ねるミチエに答えようと、泰滋はあらためて彼女を見た。

 3ヶ月ぶりに見るミチエ。その澄んだ目とはちきれんばかりの健康美が眩しくて、思わず目を瞬いた。古ぼけた長屋の茶の間が、ミチエがいることでまったく別の空間になっている。


「ええ…なんとか…」

「なにが、なんとかや…ミチエさんに甘えるのもええ加減にしいや」


 父親の叱責に泰滋が不満顔で応える。


「仕方ないやないか、ホンマに具合悪くなってしもたんやから…」

「とにかく…ミチエさんが来てくれたし、今夜はご馳走にしまひょ。おとうさん。湯豆腐なんてどうですやろ。この前頂いたお酒もまだ残ってるしな…」


 時子がすかさず、雲行きの怪しくなった父親と息子の間に入る。湯豆腐と日本酒と聞いた父親がまんざらでもなさそうに頷いた。


「ほなら、泰滋ちゃん。お豆腐こうてきて」

「ああ、わかった」

「あの…」

「ミチエさん、なんや?」

「私も泰滋さんとご一緒してもいいでしょうか」

「そんな、しんどいやろから、無理せいへんとも…」

「では、ミチエさんも行きましょう。着替えてくるので、待っててください」


 母親の気遣いを遮って、泰滋はドタドタと2階に上がっていった。

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