第109話

 ドアチャイムが鳴った。


「あら、きっとルームサービスよ」


 母親がドアに向かおうすると、汀怜奈が笑顔で制する。


「私が出ますから、お母様はソファーに座ってらして」


 汀怜奈はドアに近寄るとチャイムを鳴らした人物に声をかける。


「どなたかしら」

『はい、ルームサービスでございます』


 ドア越しにくぐもった声。汀怜奈は、ドアを開けた。


「お待たせいたしました。ご注文いただきましたものを…」


 汀怜奈はボーイを見て驚愕する。髪を綺麗に取りまとめられ、体にピッタリの制服を着ていて、いつもとまるで雰囲気は違うが、紛れもなく佑樹だったのだ。

 なんでこんなところに…。そういえば渋谷のホテルでバイトしているって聞いたことがある…。なぜか得体の知れぬパニックに陥った汀怜奈は、乱暴にドアを締めた。

 部屋に入りかかっていたワゴンが閉められたドアにはじかれて、上に乗っていた食器と飲み物が倒れてしまった。


「汀怜奈さん、なんてことしてるの?」


 娘の奇行に母親が慌ててドアに走り寄る。汀怜奈はドアを背に、母親にドアを開けさせまいと踏ん張っていた。仕方がないので、母親はドア越しに外の佑樹に声をかけた。


「ボーイさん、大丈夫ですか?」


『はい…すみません。ご注文のお飲み物をこぼしてしまって…お持ちし直しますので、もうしばらくお待ちください』


 ドアの外では、慌ててワゴンを押して戻る音が聞こえてきた。

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