第103話

ミチエが目を覚まして、まず一番最初に目に映ったのは、心配そうに覗き込む泰滋の顔だった。


「きゃっ!」


 驚きと恥ずかしさのあまり、布団の中に顔を隠すミチエ。


「なんで泰滋さんが…」

「聞きたいのはうちの方です。しんどい思いして雪の塩山から帰ってきた電車の中に、ミチエさんがいるなんて…」


 ミチエは布団の中で、徐々に記憶を取り戻していった。


「ここは?」

「親戚の家です」

「わたしは…」

「貧血のようですね。朝ごはん食べてないでしょ」


 ミチエは返事のしようもなかった。


「さあ、いつまでも布団をかぶっていないで、ちゃんと答えてください。なんでこんな日にあんなところに?」

「泰滋さんが…うちに万年筆忘れていかれたから…届けようと思って…」


 布団の中からポツポツと答えるミチエ。


「まったく、そんなことで…。こんな日に家を出たらあかんです。心配させんといてください」

「はい…すみません…。あの…」

「ご自宅には、親戚のおばちゃんが連絡してくれましたわ。今日は、ゆっくり休んで、明日、雪がやんだら帰りましょう。僕が送りますさかいに」

「えっ、京都には帰らないのですか?」


 泰滋は、ミチエの問に答えようともせず言葉を続ける。


「それに、せっかく届けていただいても、しばらくはその万年筆で手紙を書くつもりはないですから」

「えっ?」

「これからは、言いたいことや聞きたいことは書かずに直接話します」


 ミチエが、泰滋の言葉の意味を測りかねて、布団の中から恐る恐る顔を出すと、そこには無邪気な笑みを浮かべた泰滋の顔があった。


 一方泰滋の笑顔とは裏腹に、難しい顔をして、列車に揺られている人物が居た。泰滋の父、泰蔵である。彼の手には電報が握られていた。


『ツマニシタキヒトアリ。ケッコンモウシコムノデ、ドウセキタノム チチドウイセヌバアイハ カエラズ ヤスシゲ』


 列車は、泰蔵の心内を表すように、雪の中を猛烈な汽笛を上げながら、東京に向かって突進していた。

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