第95話

ミチエはいきなり耳元で声を掛けられて驚きのあまり尻餅をついた。


「そんな驚かないでください。外から何度も声かけたのに、返事してくれないから…」


 恐る恐る見上げると、そこに泰滋が立っていた。


「泰滋さん…なんでそこに…」

「やだな。今日お伺いすると言ったじゃないですか」

「でも、まさかこんなに早くいらっしゃるとは…」

「親戚の家にいても、やることがないんでね。それはともかく…そんなに長く地面に腰掛けていると冷えますよ」


 笑いながら泰滋はミチエに手を差し伸べた。水道の水で冷え切った彼女の手には、泰滋の手がとてつもなく暖かく感じられた。腰についた土を払ってくれる泰滋にどう対応したらいいかわからないミチエは、とりあえず彼にあがなうこともできず、小さくお礼を言うと、またしゃがみ込んでお米とぎを再開した。


「これから朝食ですか?」


 泰滋の問いにも、なんとなく気恥ずかしいミチエは、顔も上げず答える。


「泰滋さんはまだなんですか?」

「ええ、親戚の家を出たときは、まだ夜が明けてなかったですから…」

「よかったら、ご一緒に朝食をいかがですか?」

「そりゃありがたい」


 ミチエが見上げると、そこには満面に笑みを浮かべた泰滋の顔があった。

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