第91話
そっぽを向いた汀怜奈は玄関に着いても、足早に家に上がり込む。追いすがるようにしていた佑樹も仕方なく、担いでいた重い買い物袋を、玄関にドカッと置く。その音に気づいた父親が彼に声をかけた。
「ああ、佑樹。もう一回買い物に行ってくれるか」
段取りの悪い父親は、カセットコンロを取り出して初めてガスが無くなっているのに気づいたようだ。
「それはおやじのミスだろ。おやじ行けよ」
汀怜奈に相手にされなかった佑樹は、父親に八つ当たり。仕方なく父親はぶつくさ言いながら、買い物に出かけた。
「先輩、準備ができるまでリビングで待っていてください。すぐできますから」
そう汀怜奈に声をかけて、佑樹は野菜を担いで台所に消えた。
すき焼きの準備ができるのを待っていた汀怜奈は、手持ち無沙汰に佑樹の家の居間を眺め回す。ふと、棚に飾ってある家族写真に目が止まった。佑樹、そして佑樹の父親。ふたりの顔は知っているので、二人を囲むそれ以外の人々が家族なのだろう。写真に母親の姿はなかった。佑樹の兄。そして祖父。男だけの珍しい家族写真に見入っていると、奥の部屋から、人を呼ぶ声がした。
「あの…佑樹さん」
汀怜奈は台所に向かって佑樹に声をかけたが、忙しく立ち働く彼の耳には届かないようだ。仕方なく、汀怜奈は声のする方向へ進んでいく。
すると声は、離れの和室から聞こえる。汀怜奈は静かに障子を開けてみた。部屋の中央に布団が敷かれていて、老人が寝ていた。
「その足音は、佑樹ではないようだが…」
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