第92話
「はい、佑樹さんは台所で忙しそうで…」
「そうか…申し訳ない、どなたか知らないが、そのコップの水を飲ませてもらえませんか。無性に喉が渇いて…」
「はい」
汀怜奈は、枕元のコップに立っているストローを、老人の口に添えた。その老人は、さっき買い物の帰りに話を聞いた佑樹の祖父であろうと、汀怜奈も容易に察することができた。祖父は、三度喉を鳴らすと、頷いてもう十分だと汀怜奈に合図を送る。
「ありがとう…お嬢さん」
汀怜奈のコップを持つ手が止まった。
「私が女性であることが、おじいさまにはお分かりになるのですね」
「あたりまえだよ。そんな柔らかな足音をたてるのは、女性以外におらんだろう。それに…」
老人は、ちらっと汀怜奈を覗き見る。
「どんな格好をしたとしても、お嬢さんは女性らしさに溢れているよ。もし、女性だとわからないバカがいるとすれば、それはうちの息子か孫ぐらいなものだ」
汀怜奈は、クスッと笑った口元を手で隠した。
「それに、その爪…あなたは、プロのギタリスタだね」
汀怜奈は慌てて右手を背中に回してその爪を隠した。
「さっきの演奏はあなただったか…」
「聞こえましたか?」
「ああ、美しい音色は聞こえたよ。聞きながら、懐かしい風景を想い出した」
「そうでございますか…最近佑樹さんが手に入れたギターを弾かせていただきました。弦が新しければ、もっといい音が出ると思います」
「いい音が出る…か。でも残念ながら、お嬢さんのギターから声は聞こえなかったね…」
老人の言葉に汀怜奈の体が凍りついた。
スペインでロドリーゴ氏から出た言葉が、突然この老人から聞こえて、汀怜奈は心臓が飛び出しそうになるほど驚いた。
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