第82話


 汀怜奈が佑樹の家の玄関を開けて挨拶をすると、短パン姿の父親がタオルで鉢巻をして出てきた。


 この父親はいつも家に居る。仕事をしていないのだろうか。佑樹から父親は売れない恋愛小説家で生計の為に家でエロ小説を書いていることを聞き合点がいくのは、だいぶ経ってからのことだ。


「やあ、お久しぶり。佑樹なら学校だけど…」


 彼が学校で家に不在なのは承知で来た。ゆっくり佑樹の部屋で橋本ギターを触りたいのだ。


「部屋で待たせてもらえますでしょうか」

「ああ、別に構わないけど…」


 父親はそう言いながらも、汀怜奈が手に持つ東急百貨店の手提げ袋が気になるようだ。


「あの…先日は2晩も寝泊まりさせていただいて、ご迷惑をおかけしまして…これはお詫びと言うか、お礼と言うか…。どうか、ご笑納くださいませ」

「えっ、そんな…気を遣わなくていいのに…」


 父親は、言葉とは裏腹に相好を崩して嬉しそうに手提げ袋を受け取った。


「どうぞ、上がってください」


 汀怜奈は玄関を上がり、佑樹の部屋を目指す。しかし、やおら立ち止まると振り返って父親に言った。


「折角でございますが、缶コーヒーは要りませんので…」


 今日は父親に邪魔されたくない汀怜奈は、先手を打った。


「えっ、そうぉ…。缶コーヒー嫌いなら最初から言ってくれればいいのに…」


 父親はぶつぶつ言いながらエロ小説の続きを書くために自分の部屋に戻っていった。

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