第81話
自宅に戻った汀怜奈は、母親からさんざんお説教を食らった。当たり前だ。帰国後から訳の分らぬ奇行を繰り返し、未だ自分の家で寝ていないのだから。
しかし汀怜奈は母からの説教を右の耳から左の耳に流し別なことを考えていた。一応橋本ギターの所在も確認できたし、ギター修理から回収したばかりの佑樹の状況から言って、あのギターがすぐ別な人手に渡るようなこともないはずだ。少し落ち着いて、いつもの生活のリズムに戻ろう。
その日以降、汀怜奈は日課である朝2時間、午後2時間、夜2時間のギター練習を再開し、1週間ほど佑樹の家には近づかなかった。実際のところ、練習の他にも契約のプレス発表に関する業務で忙しかったのも事実だ。
契約するDECCAの日本エージェントは、髪の毛を大胆に切った汀怜奈を見て絶句した。プレスリリース用の写真をロンドンで撮ったが、そこに写っている優美な汀怜奈には似ても似つかぬ容姿だ。『髪の毛を許可なく切らないこと』という条項を契約書に入れるべきだったと、エージェントはさかんに後悔していた。
撮り直して『美女』のイメージを壊すわけにもいかない。だいたいロンドンで撮った写真は、プロフィールとともに世界中に配信されてしまっている。そのうち国内のメディアからも取材のオファーが殺到するだろう。エージェントに懇願されたこともあり、汀怜奈はメディアの取材には写真と同じ髪型のウィッグを付けて応じることにした。
週が明けて生活に落ち着きを取り戻すと、汀怜奈はまたデニムパンツに野球帽という出で立ちで、母に見つからぬようこっそり家を出た。途中、高級和牛肉を東急百貨店の地下の食料品売り場で購入し、一路佑樹の家に向う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます