第74話
国鉄のダイヤの正確さは、戦前も戦後も世界でトップクラス。
夜行特急は、時間通りに東京駅に着いたのだが、それでも泰滋は京都出発から到着まで1週間も電車に乗っていたような気分になっていた。彼は革のボストンバッグを手に取ると、飛ぶように待ち合わせ場所に向った。
泰滋にとって上京の目的は久しぶりに親戚に会いに行くことである。それを理由として両親から旅費を受け取った。だから、ミチエに会うのはその『ついで』でしかない。そもそも、なぜ自分は突然ミチエに会いたいと告げたのだろうか…。
1年近くも続けた文通相手への礼儀なら、申し訳程度の座布団が打ちつけてある木製の硬い椅子で一夜を明かし、ガチガチに凝った身体にムチを打って会う必要もない。東京滞在中にお互いの都合をあわせて会えば充分だ。なのに、東京駅へ着くや否や、ミチエが待つ場所に飛んで行こうとするのはなぜなのか。
ミチエの手紙の内容、文字の形、筆圧。それらでも手紙を書いた相手の考えや性格をひと通り知ることが出来る。しかし、泰滋の気持ちの中に、もっとミチエのことを知りたいという願いが高まってきたことは、彼自身も薄々感じていた。
『では相手の何をもっと知りたいのか』
このことについては、泰滋は明解な答えを持っていなかった。
しかし彼自身が解らずとも、それは誰の目にも明白だ。つまり、ミチエの声の色、息づかい、香り、そして体温。相手の存在を身体で実感したいと願うこと以外のなにものでもない。
当初は知的に幼い女子高生を相手にした、たわいもない文通対話であったものが、いつしか相手を一人前の女性として感じ始めていた。もちろん、今までの手紙には恋愛めいた文章を一切書いたことの無い泰滋だ。男女として、ミチエと会話の機会を持ちたい。そう自分の心が変化したのだと、認めづらい彼の気持ちもわからないでもない。
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