第72話

 いつカラオケを出たのか記憶が無い。


 目を覚ました汀怜奈があたりを伺うと、そこは佑樹の部屋である。腕の中を見るとまた、佑樹が自分の胸に顔を埋めて寝ている。しかもご丁寧にも自分の膝の間に佑樹の身体が挟まっていた。


『また、やってしまいましたわ…』


 今度は冷静に、佑樹の布団から抜け出ると、階段を下りた。


「ああ、佑樹の先輩。おふぁよう」


 佑樹の父親がまた、泡だらけの歯ブラシを咥えて待ち受けていた。


「冷蔵庫に、昨日の飲みかけの缶コーヒーが冷えてるよ」


 汀怜奈はうなだれたまま、挨拶も返さず玄関にあゆみを進める。


「替えの下着を用意したから…」


 汀怜奈は、黙って靴を履くと、ぺこりとお辞儀をして外へ出た。相変わらずうなだれたままだ。


「今朝もか…先輩は、朝おきて顔を洗う習慣がないのかな」


 父親のぼやきを背で聞きながら、今度は電車で家路に着く汀怜奈。

 連続して無断外泊をしてしまった。さあ、大変だ。お母さまになんて言おう…。どう考えても、母に告げる言い訳が思いつかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る