第71話

 直立不動の高校生のひとりが汀怜奈の言葉を遮る。


「なんです…?」

「自分ら、座ってお話をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 なんとガチガチの体育会系の高校生たちであろうか。文化系の汀怜奈には滑稽でもあり、新鮮でもあった。


「よろしい…ぜ」


 汀怜奈は笑いながら話しを再開した。ハイキックのくだりでは、聞いていた高校生のひとりが興奮のあまり話に割って入る。


「先輩、そのハイキックを自分に頂けないでしょうか。どんなもんだが、味わってみたいんです」


 ビールと話しにほろ酔い気分の汀怜奈は快諾した。狭いカラオケボックスのテーブルを寄せて空間を作ると、高校生を立たせて身構えさせる。


「いきます…ぞ」


 汀怜奈がその長い脚からハイキックを高校生の首筋に炸裂させた。充分な態勢から繰り出したハイキックは、今度は柔軟な高校生の肉体を弾き飛ばす。高校生はもろに壁に激突し、崩れ落ちた。しまった、やり過ぎたか…。汀怜奈が心配するのも束の間、額に血をにじませた高校生がへらへら笑いながら立ち上がった。


「先輩、最高ッス」


 ホントか?俺も、俺も。高校生たちは争うように汀怜奈のハイキックを所望した。こいつら面白い。とにかく本気でやっても壊れないのがいい。汀怜奈は楽しくて仕方が無かった。


「おい、佑樹。お前もありがたい先輩のハイキックを頂け」


 ひと通りハイキック体験会が終わると、ニヤニヤしながら様子を見ていた佑樹に、友達が声を掛けた。


「えっ、俺?」

「そうだ。本来はお前が真っ先にいただくのが筋だろう」

「いや、俺はもうすでに先輩からスリーパーホールドを頂いているからいいんだ」


 それを聞いた汀怜奈が赤面する。


「馬鹿言うな。ちゃんとハイキックを頂け」


 友達に促され、苦笑いをしながらも仕方なくフロアに出ると、佑樹は身構えた。


「先輩。よろしくお願いいたします」


 4人へハイキックを繰り出した疲れもあったが、先程の佑樹の発言への動転も手伝ったのだろう。汀怜奈の繰り出した今度のハイキックは、急所を大きくそれ、身体ごと佑樹にぶつかると、その拍子でふたりとももつれながら床に倒れ込んだ。


 床に倒れて気づくと、汀怜奈は佑樹の腕に守られていた。年下とは言え、高校野球で鍛えられた肉体。その腕の逞しさは、シャツの上からでも容易に想像できる。顔は唇が触れんばかりに近づいていた。


「先輩。ビールで酔ったんですか。しっかりしてくださいよ」


 佑樹の言葉に慌てて身を離す汀怜奈。高校生達に助け起こされながら、もう彼女の顔は真っ赤だった。フロアが薄暗いのが幸いして気づかれはしなかったが、席に戻った汀怜奈は、急いで残りのビールを飲み干す。明るい席で顔が赤いことを指摘されてもビールのせいにできるからだ。


「それでは、話の続き、よろしくお願いいたします」


 高校生達に促されて話しの再開。話が終わっても、盛り上がった高校生たちは汀怜奈を帰そうとはしなかった。気がつけば、仲良くなった高校生達と肩を組んで歌っている。


「先輩は何でそんな女みたいな高いキーで歌えるんですか」

「自分はテレビで見たことがあります…たしかソプラニスタっていうやつですよね」


 高校生たちは自分達の質問に自分達で答える。汀怜奈は、笑顔でいるだけで、まるで嘘をつく必要が無かった。それがまた、彼女の心を軽くし楽しませた。

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