第70話

 父親が出ていくと、あらためて橋本ギターと対峙する。


 外観を眺めると、特段目を惹くものは見当たらない。ホールの中を覗くと、確かにオレンジのラベルには、『マルイ楽器製造 HASHIMOTO GUITAR』とある。自然と汀怜奈の手が震えてきた。いよいよギターを握ろうとその震える手を伸ばした瞬間、今度はドタドタと階段を上がる音とともに、佑樹が部屋に飛び込んできた。


「先輩。来てくれたんですか。感激だな。朝は突然出ていっちゃったから…」

「あぁ、いや、その…」


 もう少しだったのに…。汀怜奈は、伸ばした手を後ろに隠し、言い淀む。


「実は、高校野球の友達と一緒だったんですが、ぜひとも先輩の話しを聞きたいって、カラオケボックスで待ってるんですよ。一緒に行きましょうよ」

「えっ、えー!」


 汀怜奈は、佑樹に腕を取られて無理やり表へ連れ出される。いざとなったらさすが高校球児の力だ。なかなか抵抗することができない。


「おや、先程いらしたのに、もうお出かけですか?せっかく缶コーヒー出したのに…」


 そんなのんきな父親の言葉に送られ、カラオケボックスへ。

 そこでは、果たして身体の大きな高校生が4人ほど待っていた。汀怜奈たちが入ると、直立不動で迎えた。


「御苦労さまでっス」


 狭いボックスの席に、無理やり案内された。


「とりあえず先輩。今日もビールですよね」


 こいつ懲りもせず…。しかしテーブルを見るともう冷えたビールジョッキが準備されていた。


「先輩、まずぐっといっちゃってください」

「どうぞ、先輩」


 高校生達に促されて仕方なく、ぐっとビールを煽る汀怜奈。実際、シャワーを浴びて家を飛び出してから、ここまで何も口にしていない。喉が渇いていたのも事実だったのだが…。


「それじゃ、さっそくあの朝のパリの天気から…」


 佑樹の振りに仕方なく話し始める。


「あの日は、パリの空も朝からどんより曇っていて…」

「ちょっと待っていただけますか、先輩」

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