第69話
汀怜奈は、佑樹の家の玄関を覗き込んでいた。
今朝は動転していて乗った場所が定かではなかったのだが、領収書から自分を乗せたタクシーの運転手を割り出し、何処から乗ったのかを確認した。そこへやってくると、かすかな記憶をたどりながら佑樹の家を特定したのだった。
「あれ、佑樹の先輩じゃないですか」
スーパーの袋を手にした男が、そんな汀怜奈に気づいて声を掛けてきた。
「えっ?」
またもや不審な初老の男に声をかけられて身構える汀怜奈。
「そんなに驚かないでくださいよ…。まだ自己紹介してなかったですよね。自分は佑樹の父です」
「ああ…佑樹さんのお父様。ゆうべはご迷惑をお掛けいたしまして…」
ここが佑樹の家で間違いが無いようだ。
「突然出ていっちゃうもんだから、佑樹が心配してましたよ。シャワーぐらい浴びていけばよかったのに…。替えの下着なら兄貴の使っていないのがあったんですよ」
シャワー?男物の下着?とんでもない。しかし、この父親も佑樹同様自分を女だとは思っていないようだった。なんて鈍感な親子なのだろう。
「あの…佑樹さんは御在宅ですか?」
「御在宅ってほどのタマじゃないですけど…残念ながらご不在です。友達と会うとか言って近くのコンビニに行ってますが、すぐ戻ってきますよ。どうぞ勝手に上がって、佑樹の部屋で待っててください」
これはチャンスかもしれない。汀怜奈は、父親に礼を言って家に上がり込んだ。勝手知ったる他人の家。階段を上がって佑樹の部屋に入る。今朝は気づかなかったが、部屋に入ってみると独特な香りがする。悪臭ではないが、汀怜奈が感じたことの無い香りだ。高校生ながら、これが男の香りと言うものなのだろうか。埃っぽい室内に、様々なものが散在している。母親が片付けたりしないのだろうか。そう言えば母親の姿が見えない。
散らかっているモノから、佑樹の人柄が見えて来る。野球道具。格闘技の雑誌。ビールの空き缶。こいつ家でも飲んでるのか。親は何とも言わないのだろうか。でもタバコ臭くないから、さすがにタバコは吸っていないようだ。いくら男の子の部屋とは言え、付き合っている彼女が居ればそれを感じさせるモノがひとつくらいはあるものだが、そんなものは一切見当たらない。可哀想に彼女も居ないのか。
そして、汀怜奈は見つけた。本棚に立て掛けてある橋本ギターだ。彼女は勇んで駆け寄り、手を触れようとした瞬間、突然部屋のドアが開いた。手を慌てて引っ込める。入ってきたのは父親だった。彼は手にした缶コーヒーを汀怜奈に手渡しながら、にこやかに言う。
「いま佑樹に電話しました。すぐ戻ってくるそうです」
余計なことを…、そう思う心とは裏腹な笑顔を作り、汀怜奈は丁寧に礼を言ってコーヒーを受け取った。
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