第47話

 受け取った泰滋がその場でメモを開いた。


『いつもお手紙を頂戴しているお礼です。粗末なものですがご家族の皆様のお口に合えば幸いです。追伸、本日お会いできず残念でした。宇津木ミチエより』


「ミチエって…確かこの前の手紙のひとやろ?」

「なんやおかあはん、ひとのメモ覗かんといて」

「なんでその人から焼きハマグリが届くんや?」

「土産に千葉の名産品を持ってきたんやろ」

「関西の人やないの?」

「千葉の人や。今、修学…いや、観光で京都に来ていて、こちらに居る合間に会えればと思っていたんだが、忙しくて会えへんかった」


 ミチエが女子高生なんて母が知ると話しがややこしくなる。


「もうお帰りになりはったんか?」

「明後日までは居るんとちゃうか」

「ならば、お土産の礼を返さへんとあきませんやろ」

「そこまでせんでええて」

「いけません。不義理に思われたら心外やし。そうや、阿闍梨餅がええわ。今、買ってくるさかいに…」


 母親は、部屋着を外着に着替えると、いそいそと買い物に出てしまった。


 正直、泰滋はミチエと顔を合わせるのが面倒だった。日頃自分のことを手紙で語っている泰滋だ。なにやら言いようの無い恥ずかしさもあり、直接顔を合わせたとしても、何を話したらいいか見当もつかない。

 本来は『会う』ということには、相手の話しを聞き、相手を理解する目的があるから意味がある。向こうは手紙で自分のこと良く知っているのだから、こちらとしては会う必要も感じない。この自分勝手な理屈は、この時点では彼がミチエに対してなんら個人的興味を持っていなかったことを意味する。


「おかあはん、余計なことせんでいいのに…」


 畳にごろ寝しながらつぶやく泰滋。優しい息子は、いそいそと出かけた母親の顔を曇らせるわけにもいかないことも、よく理解していた。

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