第48話

 翌日、泰滋は阿闍梨餅の包みを手に、ミチエの土産を家に届けてくれた学友を探すためにキャンパスを走りまわった。


 ようやく見つけ出して、昨日焼きハマグリをいただいたお礼に、ミチエに阿闍梨餅を届けてもらいたいと依頼したが、江戸時代の飛脚でもあるまいし、ふたりの間を何度も行ったり来たりする暇はないと、跳ね付けられてしまった。


「泊まっているところ教えたるさかいに、自分で届ければええやないか」


 それもそうなんだが…。泰滋は自分の今の心情をどう説明したらいいかわからない。仕方なく、学友から三条通りに面した『日昇館』がその旅館だと教えてもらい、みずから行かざるを得ない状況となった。


 泰滋は旅館に着いたものの、入口で様子を伺いながら、入るのを躊躇していた。しばらく旅館の前にたたずんでいた泰滋だが、やがて女子高生の姿がまったく見えないことに気づいた。学友に教えてもらったのは確かにこの旅館だ。間違いない。

 ははぁ、みんな集団で観光へ出てるんやな。泰滋はそう思いつくと、安心して旅館に踏み込んだ。


「あの…」


 泰滋は旅館の法被を着ている玄関番を捕まえて話しかける。


「おいでやす」

「あの、こちらに修学旅行で千葉女子高生のみなさんがお泊りですやろか」

「へえ、そうどすけど…」


 泰滋は、阿闍梨餅の包みを差し出した。


「クラスはわからへんやけど、生徒の宇津木ミチエさんに届けて欲しいものがあるんや…」

「ちょっとまっておくれやっしゃ」


 泰滋の言葉を最後まで聞けない慌てものの玄関番だった。


「いえ、ただ渡していただければそれでええんやけど…」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る