第41話

 翌日、ホテル前に待機するタクシーに住所を告げて、連れてこられた場所は、閑静な住宅街だった。


 工房だから、うっそうとした林の中にあるのだろうと予想した汀怜奈だったが、あたりはアスファルトの道路と画一的な住宅が立ち並んでいる。

 たぶんこのあたりであろうとその場所に見当を付けたのだが、工房の面影などまったくない。あたりを見回して、古い民家を探すと、とりあえず玄関のベルを鳴らしてみた。


「はーい」


 出てきたのは50代くらいの主婦であった。


「どなたですか?」

「あのう…」


 サングラスにキャップを被り、デニムパンツの汀怜奈。このあたりでは見かけたことない来訪者に警戒を強めたようだ。


「モノ売りかいな」

「いえ違います。お聞きしたいことがございまして…」


 サングラスを外した汀怜奈。その長いまつげと上品な言葉遣いに多少安心したのか、主婦も多少警戒を緩めて表情を柔らかくした。


「おやま、あんたはおなごたいね」

「はい、今だかって自分を男と思ったことはございません」


 珍妙な言葉遣いに主婦が笑い出した。汀怜奈は自然に応対しているつもりなのだが、周りの人から訳も分からず笑われる時がある。それを汀怜奈はいつも不思議に思っていた。この時もこの主婦が笑う理由が解らない。


「で…聞きたいことってなんですたいね?」

「はい、このあたりに『マルイ楽器製造』というギター工房があったかと思うのですが…」

「うーん…ここで生まれたばってん、聞いたことなかたいなぁ」

「50年も前の話なのですが…」

「それならわかるわけないとです。まだ私が生まれる前やから」

「そうですか…」


 肩を落とす汀怜奈。少し可哀想になったのか、主婦が言葉を繋いだ。


「ちょっと待ってね」


 主婦が家の奥に引っ込むと、しばらくして100歳に近いような白髪のお祖母ちゃんの手を引いて出てきた。


「うちのおばあちゃんよ。知っているから案内するって」


 白髪のおばあちゃんはゆっくり歩みを進めると今度は汀怜奈の手を取って、外へ導いていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る