第27話

「上級生ここに来い!」


 空調もない体育館に、竹刀の音とともに監督の怒声が響き渡る。もう1時間以上もバスケットボールを追って走り続けていた上級生達は、汗にまみれ、息を上げながらも全力で監督のもとに集合した。


「そこへ並べ」


 監督は選手たちを横一列並べると、端から選手の頬に一発づつビンタを食らわした。派手な音が体育館内に響き渡り、選手がコーチの腕力で弾け飛ぶ。


「お前らそんな気の抜けた練習で、インターハイへ行けると思ってるのか。ばかやろう」


 何と乱暴な指導だろうか。選手の父母と高体連が見たら、この監督とそれを許している校長は、即刻クビだ。しかしこの時代、誰もそんな乱暴な指導を咎める者はいない。


 選手たちは、練習が始まって終わるまで水を飲むことが許されない。膝を痛めるウサギ飛びで体育館を何往復もさせられ、倒れても気合いが足りないと言って、監督から容赦なくボールがぶつけられる。練習に合理性も医学的エビデンスもない。盲目的に『根性』という勝利の法則が信じられ、やみくもに鍛えられた時代なのだ。


 それでも目に一杯涙を溜めて、選手たちは耐えた。年を経た今考えれば、熱中症にも疲労骨折にもならず、それこそ精神的圧迫によるうつ病にもならず、良く生きながらえたと不思議に思えるくらいだ。


 鬼監督からようやく解放され、足を引きずるようにして家に帰れば、ミチエには家事の手伝いが待っている。母とともに夕飯の準備をし、食卓に座る頃には、すでにミチエは体力を使い果たし、箸を咥えながら居眠りを始めてしまう始末だ。


「ちょっと、ミチエ。大丈夫?」


 母に肩を揺すられて、ミチエがハッと目を覚ます。


「なに?なに?」

「あなたねぇ、ご飯食べる時は食べないと身体が持たないわよ」


 ミチエは、母の言葉にお米を口に運ぼうとするが、部活の体罰で課せられた腕立て伏せの影響で、箸が思うように動かせない。


「あなた、最近痩せてきたみたい、目つきも悪くなってるし…。練習がきつすぎるんじゃない?」

「このくらい当たり前だよ。これできついって言ってるようじゃ試合に勝てっこない」


 心配する母に、ミチエに代わって食事から目も上げず長兄が答えた。その無責任な発言に腹を立てるミチエだが、残念ながら身体が動かず怒りを表現できない。

 食事もそこそこに終えて、嫌がる妹にむりやりあとかたずけを押し付け、自室に戻ると布団に倒れこんだ。横たわってみると、身体全体がジンジンしびれるような感じがする。

 気づかぬうちに寝入ってしまったようだ。妹に身体を揺すられて起こされた。

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