第24話
泰滋は、持ちにくい分厚いカップに注がれたコーヒーを口に運ぶと、その苦さに顔をしかめた。
こんなもの、毎日飲む奴の気が知れない。テーブルに座っていても、なんだか手持ち無沙汰になって、初めて入る店内の様子をキョロキョロと見まわした。
中京区の堺町通三条にあるイノダコーヒ。コーヒーと最後の長音符を付けないが正式だとか。ここは、1947年8月にオープンした話題の店だ。まだ、コーヒーが贅沢品の時代であったが、新しモノ好きの同志社のボンボンたちは、値段も気にせず良くこの店に通っていた。
上品ぶった喫茶店が立ち並ぶその時代には珍しく、何の気兼ねなく会話に時間を費やせるタイプの喫茶店だったから、使い勝手がよかったのだ。実際、客が会話に夢中になってコーヒーが冷め、砂糖とミルクがうまく混ざらなかった事がきっかけとなり、初めから砂糖とミルクを入れた状態でのコーヒーの提供が始められ、そのスタイルが現在に至っている。
普段コーヒーなど飲まない泰滋だが、新聞部の仲間である進一郎に呼び出されて仕方なくやってきた。
「おう、シゲ。早いな」
「早くないやろ。イチが遅れたんやないか」
「そう、怒るなて。今日はおごるさかい」
「こんなしょうもないものおごられても、しかたないわ。…で、話しってなんや」
進一郎は、給仕にコーヒーを頼むと、上着の内ポケットから手紙を取り出して泰滋の前に置いた。
「これなんやけどな…」
泰滋は、手紙を取って読み始めたが、それがなんであるかがわかると、すぐ手紙を閉じた。
「人に宛てた手紙を、他人が読んだら書いた人に失礼やろ」
手紙を進一郎に戻しながら、泰滋は言葉を続ける。
「ごれ、この前の文通運動やないか」
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