第19話

 じいちゃんを持ちだされたら、佑樹は抵抗が出来ない。彼はじいちゃんが大好きだった。


 じいちゃんも、娘(伯母)と息子(父)のふたりの子どもを男手ひとつで育てたのだが、父とはその理由が異なる。早くして妻に先立たれたのだ。その苦労の末に、今は大腸癌を患い在宅看護を受けている。


 佑樹は渋々ベッドから起き出して台所に降りると、ストローのついたコップにぬるいお茶を入れてじいちゃんが寝ている居間にいった。


「ヤスヒデか?」


 ヤスヒデというのは、佑樹の父の名だ。じいちゃんの癌はもう末期のステージに入っていて、抗がん薬でなんとか押さえているものの、もう鎮痛剤が必要なレベルまで進行していた。鎮痛剤を打っている時は、頭が上手く動かないらしく、佑樹と父を取り違えることが多かった。


「佑樹だよ、じいちゃん」

「ああ、そうか。…ヤスエはどうした?」

「やだな、おばちゃんは大阪に居るの知ってるでしょ」


 佑樹の伯母、つまり父親の姉は、じいちゃんの強い希望もあり、小学校を卒業すると同志社女子中に入れるために京都の曾お祖母ちゃんのもとに住まわせた。伯母はそのまま同志社女子高、同志社大学と進み新島襄の理念に純粋培養され、卒業すると同時に地元で結婚して今は大阪に住んでいる。


「ほら、喉渇いただろ」


 佑樹はじいちゃんのくちもとにストローを運んだ。じいちゃんは美味しそうに喉を鳴らしてコップのお茶を吸い上げる。喉が潤い、頭も幾分かはっきりして来たようだ。


「佑樹」

「何?じいちゃん」

「お前、バットを置いて空になった手に、今度は何を握ったらいいかわからず悩んでるんじゃないか?」

「えっ?そっ、そんなことないけど…」


 じいちゃんは居間に寝たきりで、なんでそんなことがわかるのだろうか。


「そんな時は、将来などと大業に物事を考えずに、まず手近な趣味からはじめたらどうだ」

「趣味ねぇ…」

「ギターなんかどうだ?」

「何を突然?」

「あのうっとうしいピックガードなどついていない、ガットギターだよ」

「え、エレキじゃ駄目なの?カッコいいけどな…」

「人に聞かせる楽器もいいんだが…。どうだ、自分自身で自分に音楽を聞かせるギターってのも、いいと思わないか」


 佑樹はしばしじいちゃんの言葉を頭の中で咀嚼していたようだが、すぐに諦めた。


「意味わかんねえよ。じいちゃん」

「お前にわかるように説明したいんだが、どうも体が億劫で…」

「いいよ、無理しないで…でも、じいちゃんが、ギターなんて言うの意外だな。初めて聞くぜ」

「夢を見てな…昔を想い出した」

「昔って…。ギターやってたの?」


 佑樹の問いかけにも、今度は応えることなくじいちゃんは目をつむった。


「じいちゃん、大丈夫」

「ああ、喋りすぎて疲れたようだ。少し休ませて貰うよ」

「わかった」

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