第18話
佑樹の父は、印税生活を夢見る小説家である。
本人は恋愛小説家と自称しているが、その生業ではまったく食えなかった。ちゃんとした仕事に就けばいいのに、小説家に未練があるようで、覚悟の乏しいエロ小説を書いては小銭を稼いでいる。
佑樹の母は、早くからそんな父を見限り、男をつくって家を出てしまった。父は仕方なく男手ひとつで、佑樹と3っ年上の兄のふたりの息子を育てた。ちょっと聞けば子ども思いの偉いおとうさんともいえるのだが、実はそれができたのは、同居する祖父の貯蓄によるところが大きい。
「今、大事なこと考えてるんだ。邪魔しないでくれよ」
「よく言うよ、なぁんにも考えていないくせに…いつまで『明日のジョー』のエンディング状態でいるつもりだ」
「なに?そのなんとかジョーって?」
「えっ?知らねえの?やだね…。いいから手伝えよ」
「だから、瞑想中だって言ってるだろ」
「はぁ…。親の苦労を見ながらその態度…冷たい息子だよ、お前は」
「家を出ていった兄貴の方がよっぽど冷たいじゃないか」
兄は大学生ながらアルバイトで稼ぎ、自立してアパートでひとり暮らししている。
「あいつは独立心が旺盛だからな。…いいんだぜ、お前も出ていっても」
残念ながら佑樹はそんなバイタリティは持ちあわせていない。
「うるせい。だいたい俺の最後の試合にも観に来なかった親の言うことなんか、聞く義理がどこにあるん。」
佑樹はそう言うが、実は父は試合を観に行っていた。臆病な父は、球場で別れた元妻と顔を合わせるのが嫌でひとりでこっそり観ていた。
そのあっけない敗戦に、父も茫然自失となり、記憶の無いまま江戸川区をさまよい歩き、気がついたら葛西臨海公園の人工浜で膝まで海に浸かっていたという逸話を持つ。我に帰るのがもう少し遅ければ、確実に海の底に沈んでいたにちがいない。
「わかったよ。そこまで言うなら、洗濯ものはいいから、じいちゃんに白湯でも飲ませてやってくれ。喉が渇いてるようだから」
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