第17話

 ロドリーゴ氏と汀怜奈の崇高なやり取りがあった頃、日本の佑樹はまったくその対極の状態、つまり『昼からずっとベットに横たわり、アホ面で股ぐらを掻きながら、天井を眺めている不抜け状態』にあった。


 高校野球の夏の予選では、佑樹は見事にレギュラーを勝ち取った。会場の江戸川区球場にやってきた佑樹は、まっさらな公式戦ユニフォームの背中に4番を付け武者震いが止まらなかった。第1回戦の相手は、長髪の部員も混じった名もなき都立高校の野球部。だれしもが私立の駒場学園高校が難なく2回戦に進むと予想したこの対戦に、佑樹たちは呆気なく破れた。

 あまりもの呆気なさに、選手たちは涙も出ない。監督は早々と切り替えて新チーム作りにグランドへ戻り、父母たちはかける言葉も失い帰宅を急ぐ。

 試合を終えて引退した3年生たちだけがポツンと球場に残された。


「おい、これからどうする?俺たち…」


 誰と言うわけではなくチームメイトのひとりがつぶやいた。


「カラオケでも行くか…」


 誰が言ったかわからぬ提案に従って、3年生たちがダラダラと歩き始めたのだった。自分の10年の総決算にしては、悲しすぎる打ち上げだと佑樹は思った。


 それ以来、佑樹の不抜け状態は続いている。欠席もせず真面目に部活をしたおかげで、2流大学ではあるが一般推薦枠を取ることができた。しかし、大学で何をやりたいか考えることができない。とりあえずもう野球をやる気にはなれないことだけは、はっきりしている。


 考えてみれば小学校2年生以来、野球中心の生活をしていたから、いまその野球が無くなってしまうと、何もない空洞化された自分の生活に気づく。そう、俺は野球以外何もやってこなかった。


「おい、佑樹。暇なんだろ。洗濯もの干すの手伝ってくれや」


 下の階からの父の大声によって佑樹の思考が中断された。もちろん、思考といっても、ただぼうっとしていただけなのだが…。

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