第14話

 汀怜奈はギターケースを抱えて、ヨーロッパ大陸鉄道の寝台席に収まっていた。


 パリから離れること1060km、マドリードに住むホアキン・ロドリーゴ氏に会いに行くのだ。娘さんから手紙をもらってからこの日まで、レッスンスケジュールやロドリーゴ氏のご都合などの調整で3カ月かかってしまった。パリを午後6時半に出発し、翌朝の午前9時半にマドリードに到着。15時間の長旅だ。車中の快適なベッドでひと寝入りすれば、目を覚ました朝にはマドリードにいると解っているものの、いよいよロドリーゴ氏に会えると思うと、汀怜奈はその興奮と期待で眠れそうもない。

 汀怜奈は車窓に流れる家屋の光を眺めながら、短いながらもここまでの自分の軌跡を思い返してみた。


 田園調布に生まれた汀怜奈は、3歳からギターの演奏家である父より手ほどきを受けた。残念ながら、父は一番下の妹が生まれた時に、母親と離婚しアメリカへ行ってしまったのだが、そんな不幸にも影響されることなく、父の手で娘に植えつけられたギタリスタの種は、すくすくと成長を続ける。

 10歳には日本の代表的なギター演奏家である福田進一に師事。そして、11歳でジュニア・ギターコンテストにおいて最優秀賞受賞。13歳で学生ギター・コンクールにおいて、全部門通じての最優秀賞を受賞。そして14歳にはブローウェル国際ギター・コンクール(東京)及び東京国際ギター・コンクールで優勝を果たした。


 この早熟な天才ギタリスタ(guitarrista)はその後も留まるところを知らず、津田ホールにてデビューリサイタルし、ソリストとしてCDデビュー(15歳)。日本フィルハーモニー交響楽団と共演、協奏曲デビュー(16歳)。イタリア国立放送交響楽団の日本ツアーにソリストとして同行・出光音楽賞を最年少で受賞(17歳)。村松賞受賞後、イタリア国立放送交響楽団の定期演奏会に招かれ本拠地トリノにおいて共演(18歳)。このヨーロッパ・デビューとなるコンサートはヨーロッパ全土にテレビで放映された。


 ここまでくればもう一流の演奏家なのだが、19歳になると、パリのエコール・ノルマルに留学を決意し、アルベルト・ポンセに師事したのである。国際的な演奏活動の開始を目前にした彼女は、あらためて自分の音楽性を見直す必要性を感じたのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る