第11話

 今日は週に一度の編集会議。同志社大学新聞部の面々は部室に集結していた。


 しかし時間になっても会議は始まらない。いつものことだが編集長(部長)が遅刻しているのだ。みんなが手持無沙汰にしている中、泰滋は自慢のカメラ磨きに余念が無い。

 彼が手にしているカメラは大学生には不釣り合いなものだが、さすがひとりっ子の強みであろうか、父が彼に買い与えてくれたのだ。羨ましがった友人たちが、一度持たせてくれと哀願しても、彼は決してこのカメラを触らせない。いつかこのカメラで、社会を動かすような報道写真を取るのが彼の夢だ。


 しばらくして、丸メガネの編集長が部室に駆け込んできた。


「すまん、すまん…」


 彼は韓国生まれ、終戦で家族とともに兵庫県に引き揚げてきて、同志社へ入学して来た。部員たちが一斉に部長をなじる。


「いつも遅刻はいけませんな、編集長」

「ああ、ホンマにすまん。けど今日は、公務で遅れたから許せ」

「どないしたんです」

「今度のコラムのな、原稿作成の件で人文科学の研究室へ寄ったら、これを頼まれた」

「なんです?手紙ですか?」

「ああ、京大の西村から割り当てられた手紙らしいんやが、研究室もここんところ忙しくて手がつかず、長い間放って置いたんやて」

「それって『文通運動』やないですか?」

「そや。ここに4通あるんやが、誰か返事を書こうと思う奴はおるか?」


 部員たちは顔を見合わせた。


「ちょっと待ってください。あの現実も知らない頭でっかちの京大のボンボンの運動に、協力せい言うんですか?」

「悪いか?」

「編集長、新聞部員は真実を伝えるのが本分で、社会運動に参加することじゃないですよ。よう出来んわ」

「そんなかたいこと言うな。同期の研究員に頼まれた以上、引き受けないわけにはいかないやろが…。さあもう一度聞くで、返事を書こうと言う奴はおれへんのんか?」


 編集長の言葉にも、手を上げる部員等ひとりもいない。


「そうか…残念やな。ほなら別の学友に頼むとするか…。折角女子高生が送ってくれた手紙なんだが…」


 今度の編集長の言葉に、部員たちの目の色が豹変する。


「編集長。やらせてもらいます」


 部員たちは争うように編集長が手にしている手紙に群がった。


「ちょっと待ちいな、お前ら『文通運動』の意味はわかってるよな」


 生唾を飲み込みながらうなずく部員達。


「ホンマかいな…。みんな手あげても手紙は4通しかあらへんで。ほな、じゃいけんせい」


 テーブルの上に拳を出しあう部員達。


「石津、なんじゃ、お前はじゃいけんせいへんのか?」


 泰滋は、席に座ったまま動こうとしない。騒然とする部員達を尻目に、クールにカメラを磨いていたのだ。


「民主という字も書けないような子どもに、なにを書け言うんですか。遠慮しておきますわ」


 泰滋は磨いているカメラから目も上げずにそう答えた。

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