第9話 感情 整理

バスが走り出すとガイドが次の観光地の説明を始め出したが俺は誰とも話しもしたくなく

ヴィクトリアには悪いと思いながらも 目を閉じ寝たふりをしていた。


「五稜郭は箱館開港時に函館山の麓に置かれた箱館奉行所の移転先として築造されました。

しかし、1866年の完成からわずか2年後に幕府が崩壊、短期間箱館府が使用した後箱館戦争で旧幕府軍に占領されその本拠となりました。

明治に入ると郭内の建物は1棟を除いて解体されまして、陸軍の練兵場として使用し、その後1914年から五稜郭公園として一般開放され以来、函館市民の憩いの場とともに函館を代表する観光地となっております。

国の特別史跡に指定され、五稜郭と箱館戦争の遺構として北海道遺産に選定されています。なお五稜郭は文化庁所管の国有財産であり函館市が貸与を受けているのです。

オプションでタワー展望台に行かれる方はバスを降りましたら私の側にて待機をお願いします。そのほかの皆さんは自由に散策をお願い致します。

時間は1時間ご用意しておりますので、ごゆっくりご堪能下さい。では到着までしばしおくつろぎください。」


ガイドの説明が一通り終わったのを

見計らい不安になり目を開け

ヴィクトリアの方を見るともうかなり温くなってると思われるビールを

ちびちび飲んでいた。

俺はなんだかとても申し訳ない気持ちでいっぱいになったが、そのまま目を閉じた。


するとヴィクトリアが鼻歌を唄い始める。何の曲かよく分からなかったが

俺は耳を澄まして聞いていた。

小さな声だったがヴィクトリアは唄いだす。彼の声は凄く胸に響き渡り目頭が熱くなり涙が溢れそうになる。


自分はいつからこんな涙脆くなったのだろうか?

やはり傷心しているからだろうか?

自分で自分の感情が全くわからない

状態になっていた。


「もうすぐ到着しますが、バスが完全に停まるまでお待ちください。」


再びガイドの声が車内に響き渡り私は目を開けた。するとヴィクトリアは私の方を向き微笑を浮かべ


「啓太は、タワー登りますか?私は登ります。」


楽しみにしていたようでニコニコと

嬉しそうに笑っている。


「俺は頼んでいないので行きませんから、ガイドさんに連れて行ってもらって下さい。」


ちょっと冷たい言い方になったなと

反省しながらも、行かないことを

はっきり伝えた。


「啓太…一緒にいきましょう…?」


しょんぼりした声でヴィクトリアが

俺の手を掴み言う。


「観光センターに連絡したりしなきゃいけないので無理です!ガイドさん、俺、オプション頼んでないので佐野さんお願いします。」


俺はヴィクトリアの手を離しながら

ガイドに声を掛けた。

観光センターに電話なんかするつもりもないのに嘘までついてしまった。


「はい、佐野さん。武内さんオプション入られてないから私と行きますからね。また最後に降りましょう。」


ガイドはヴィクトリアのそばにやってくるとそう言った。

他の客が降り始めたのに便乗して俺は、ヴィクトリアを無視してバスから降り集合時間を確認するとすぐに歩き出した。

道路を渡りタワーの前を歩き進んでいき堀に沿ってゆっくり歩く。


この先には六花亭のカフェがある。

コーヒーを飲みゆっくりしてこよう。頭と心を整理しょう。


俺が店内に入ると満席だった為、用紙に名前を記入し店内を見て回った。

土産など買って行く人はいないので、自分のためだけに食べたいものを見繕う。

会計に並びながら何故かヴィクトリアの分も買っていこうと思いたち列から離れた。

バターサンドとべこ餅を2個づつ籠へ入れ再度並ぶ。


しょんぼりさせてしまった事

嘘をついてしまった事を今更ながら

後悔する。


謝るのも変な感じだし、どうせ今日だけの付き合いなのだから…。

そうだ今は慣れない旅先で頼ってくれているだけなんだ。

このツアーが終わればお元気でと手を振り別れるのだ。このお菓子だけお土産にと渡してさよならなのだ。


会計を済まし席待ちの椅子に座るとため息がまた吐き出された。

ヴィクトリアの周りに見えたキラキラした天使や女神のような者も気になって考えていた。

自分には霊感はないが、信仰の深そうなヴィクトリアのような外国人にはあのようなな現象が起きるのかもしれない。

綺麗だったがヴィクトリアを何処かへ連れていかれてしまいそうで嫌だった。

私は自分の感情が矛盾している事に

気がついた。


ツアーが終わればさよならである事は理解しているはずなのに、何故かへ連れていかれてしまうと感じた時に嫌だと直感的にそう感じたのだろうか?


「おまたせしました。一名でお待ちの武内様どうぞ」


悩んでいると名前を呼ばれ、無言で店員について行く。


ワッフルを注文すると


「コーヒーは飲み放題となっており

セルフサービスとさせて頂いております。」


「はい」


店員にそう言われ返事をしたものの

めんどくさいと感じたが、渋々コーヒーを取りに行く。


席に戻るとまたため息が漏れる。


このままさよならしたくないのであれば、友達になり連絡先を聞けば良いのだろうか?

友達…どうやったら友達になれるのだろう。

自分には友達と呼べるような人間は

今まで居たためしがない。

どのようにしたら友達なのだろう?


クラスメイトは顔はわかる。

会社では同期入社ぐらいわかる。


それ以上でもそれ以下でもない関係である。趣味すらなく生きてきた自分が情けなくなった。


「お待たせ致しました。ワッフルでございます。」


ワッフルにバニラアイスとブルーベリーのソースがかかっているものが置かれた。

ナイフで切り分け、アイスとソースをつけ口へと運ぶ。

冷たさ甘さ酸味が上手に美味しさを奏でる。


人間関係の構築を今まで全くしてこなかったツケがまわってきたのだろう。

誰かに歩み寄る事すらしなかった自分。そんなだから妻に浮気はされ

離婚も言われたのだろう。

結局はだれが悪いわけでもなく、自分が悪いだけだと心から反省をした。


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