第2話 旅立ち

妻に浮気された挙句に離婚届まで

叩きつけられ、出ていかれたのが

3日前。

会社を体調不良と嘘をつき休んだ。

どこに何があるか全くわからない

ながらも必死にあちこちを捜索し

スーツケースを見つけ、当面必要な

物を詰め込んだ。


散らかっているダイニングテーブルで

離婚届に署名捺印をし、まるで空き巣にでも入られたような部屋を見渡した。

結婚してから一戸建てをいつかは欲しいと考えコツコツと貯めておいた貯金。一銭たりとも妻には渡さない。

そんな気持ちでやっとの思いで見つけた通帳と印鑑を握りしめる。


「よし!」


自分に気合いを入れるように掛け声を

かけリュックへ貴重品を入れる。


顔を洗い、歯を磨く。ある程度髪を

整え、髭も剃る。お気に入りのティシャツとGパンに着替え、キャップを被る。

そしてダイニングテーブルの上にある離婚届へ外した指輪を置いた。

もうここには二度と戻らない、未練

など全くない。

靴箱を引っ掻き回しスニーカーををみつけ、紐をきつめに結って、スーツケースを押しながら部屋の外へ出る。


一体、秋はどこへ行ってしまったんだろうと思うぐらい日差しが強くジリジリと暑さが襲ってくる。鍵をかけて

エントランスへ。キーホルダーに目をやる。新婚旅行にてお揃いで買ったんだったと思い出し苦笑する。

全てを捨てるように郵便受けの中へ

鍵を投げ入れた。


ふぅと小さな溜息をついてから

スーツケースを押しながら歩き始める。

駅まで徒歩10分かからない程度。

駅前には寂れてはいるが商店街があり

昔ながらの店沢山あった。

電車に乗る前に商店街の端にある

携帯ショップへ立ち寄ることにした。

店に入ると寒いぐらいクーラーが

効いていた。


「いらっしゃませ。順番にお伺い致しますのでお待ち下さい。」


女性スタッフから声をかけられ、順番待ちのカードを受け取った。

空いているところに座ると再び溜息が

漏れた。

この3日とにかく悩み考えた。

謝罪をして復縁を願うか?

裁判で決着をつけるべきか?

色々と考えてみたものの結局のところ

何一つ答えは出なかった。

ただ自分の稼いだお金はびた一文渡さない。それだけは思いついたのでその処置を取る事だけをやることにした。


「〜番でお待ちのお客様、おまたせしました。」


先程とは違う女性スタッフに呼ばれ

カウンターへと移動する。


妻の携帯料金も支払っていたのは自分である。自分名義なら解約は簡単にできる。ついでに自分の携帯も解約する。手続きは簡単に終わりすぐに

ショップを出る。

妻は急に携帯が使えなくなり焦るだろうか?なんだかおかしくなり必死に

歩きながら笑いをこらえた。


そのまま並びの銀行へ行き、順番待ちのカードを取り座る。

人もまばらなせいかすぐに呼ばれた。

妻名義の口座から全額出金し自分名義の口座へ移す。

公共料金、家賃、車のローン返済の

引き落としを全て妻名義へ変更する。

女性行員に色々と聞かれた事がとてつもなく嫌だったが仕方ないと思い我慢するも、本人ではないと出金するのにこんなにも疑われるものなのかと気分が悪くなった。それでもなんとかケリをつけ銀行を後にした。

スーツケースをガラガラと押しながら駅へ向かう。

通勤定期を払い戻ししてもらう。

会社も辞めようと決めたのは昨日の夜だった。

結婚する際に上司に仲人を頼んだ以上、離婚しましたとは言い出せない。

そんな職場で普通に働くだけの神経も自分には持ち合わせていない。

売店の隣にある公衆電話で会社へ

電話をかける。


「はい、お電話ありがとうございます。〜株式会社〜が承ります。」


コールセンターの女子社員が明るく爽やかに出る。


「営業の武内です。〜部長のデスクをお願いします。」


ボソボソと小さな声で俺は言った。


「かしこまりました。少々お待ちくださいませ。」


直ぐに女子社員の声から待ち受けメロディに変わる。凄くイライラする曲だと感じた。


「おー武内、またせたな。体調どうだ?」


部長は相変わらず無神経だと感じるが

それは黙っておき本題に入る。


「休ませて頂きありがとうございます。申し訳ないのですが体調が良くならず、このまま何日も休ませて頂くわけにも行かないので退職させて頂きたいのですが。」


「おい、おい。どうしたんだよ?そんななの悪いのか?どこが悪いんだ?」


部長の声が一気に大きくなり耳が痛い。


「すいません。残っている有給を全て消化していただきまして今月で退職させてください。申し訳ありません。」


それだけ言うと部長がなんやかんや言っているのが聞こえたが、そのまま電話を切った。

次は親に連絡しなければならない。

はぁぁぁと息を吐き出しダイヤルを押す。呼び出し音は規則正しく鳴り響く。留守なのか?かなり呼び出しているが出ない。何処へ行ったんだ。

再度掛け直すかと思っていると


「はいもしもし武内です」


母の声が聞こえてきた。


「もしもし啓太だけど」


「あー啓太どうしたの?仕事じゃないの?今外にいたからごめんね」


母親の何気ない声に目頭が熱くなる。


「離婚することになった。あいつ浮気しててその男と暮らしていきたいんだってさ。一応報告しとかなきゃと思ったから電話した。それだけじゃまたね」


先程の部長と同じように母親が何か

言ってはいたが俺はそのまま電話を

切った。

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