第3話
昼間だというのに、部屋はなぜか薄暗かった。
かなり広々とした空間があるにも関わらず、暗さが視界を遮るせいか、どこか圧迫感を覚える。
狼狽えそうになったが、凪は目的を思い出して心を落ち着ける。
「フィリア! いるのか、フィリアっ!」
「な……ナギ? ナギ、いるよ! フィリアはここに!」
声が聞こえたほうへとすぐに歩き出す。
だが、何かに躓いて倒れ込んでしまった。
「こらこら、何を勝手に入ってきて、好き勝手しようとしているんだ? ここは風紀委員の領域だぞ。部外者はさっさと出ていってもらおうか」
「ラン、いたのか!」
足を引っ掛けられたのだ。
薄暗い部屋に目が慣れていなかったせいで、近くにランがいることに気付かった。
「いたのか? 当たり前だろうが。俺は風紀委員長代理だぞ? お前こそ、どうやって入ってきた? 誰も入れないように命じていたはずだが……」
廊下から喧騒が聞こえてくる。何かが起きているのはわかるが、詳細は部屋の中からは見えない。
「まあいいか。ちょうど困っていたところだ。お前にも協力してもらおうか」
ランがパチンと指を鳴らすと、指導室の灯りが一斉に点く。
急に光が満ちたせいで、一瞬視界がまっ白になった。だが、すぐに目は慣れていき、部屋の景色が見えてきた。
イスに縛り付けられているフィリアと、それに向き合うように立っているランの姿が。
「お前、何をした!!」
「何も? ただ逃げられないように縛ったのと……話しやすいように脅かしてやろうとしただけだ。まあ、暗闇の中でも怖がりもしないから、どうしたものかと思っていたんだが」
フィリアのほうに目を向ける。
確かにケガをしているという感じはしない。
「ナギッ! ナギ、お家帰りたいよ! 一緒に帰りたいっ!」
「ああ、大丈夫だよ。もうすぐ一緒に帰れるよ」
そう言うと、フィリアは安心したような表情を浮かべた。だが、それが目に映ったのは一瞬だけ。
二人の間にランが立ったことで、フィリアの姿が見えなくなった。
「お前はどうして……そんな適当なことが言えるんだ? 俺がこの『人間もどき』を解放するとでも思っているのか?」
「人間もどきじゃない。フィリアはフィリアだっ!」
凪はすぐさまデバイスを完全起動させる。
「発動言語、〈線上の蒼〉っ!!」
「おっとっ!!」
ランはすぐさま体を外らし、放たれた電撃を避ける。
完全に不意を打ったつもりだっただけに、凪は舌打ちをしてしまう。
「ずいぶんと姑息な真似をするな……まあ、お前が俺に勝つにはそういう方法しかないんだろうが。ま、残念だったな」
「まだだ、発動言語……」
「しゃらくさいんだよっ!! 個別言語、〈最も賢き復讐〉!!」
「〈赤の烈弾〉っ!!」
……。
やはり何も起こらない。ただ、凪の頭に痛みが走るだけである。
二度も続けざまに顕現を行ったせいで、一気に痛みが強まっていく。そして、体勢を崩して膝をついてしまう。だが、意識を失うわけにはいかない。
「さて、これで詰みだぞ? お前はもう顕現を使えないし、この人間もどきを取り返すこともできない……そしてっ!」
ガシィィッ!!!
凪の顔面に蹴りが入る。そのまま体は横倒しになり、床を滑っていった。
「ナギッ! ナギに何するの! 止めて、やめてよ!!」
「ははっ! 本当に良いところに来てくれたよ、お前。あの人間もどき、こっちが何を聞いても話そうとしないからな。脅そうが怯えさせようがダメだ。だが、お前が痛い目に遭うのはイヤらしい、なっ!!」
ランは倒れている凪に、何度も蹴りをお見舞いする。足がぶつかるたびに、小さな呻き声が上がった。
そして、それが耳に入ると、フィリアの声は一層大きなものになっていく。
「お前がここに来てくれたおかげで、いくらでも制裁を加えてやれるぞっ! 風紀委員の活動を妨害した罰ってことでな!」
「ナギィィっ!! やめてよ! ナギにヒドいことしないでよ!」
「だったら言えよ! お前を作ったヤツはどこにいるっ! お前はどうやって作られたんだ! ほら、さっさと言え!」
「知らないっ! そんなのしらないよっ!!」
「白を切るってんなら、コイツはこのまま……」
バシッ!
ランは驚く。足を掴まれたからだ。
「ちぃっっ!」
掴まれた足を振りほどくと、一歩だけ後ろに下がった。その隙に、凪はゆっくりと立ち上がる。
何度も蹴られたせいで、唇が切れてしまい、口元から血が流れている。それを右手で拭うと、フィリアのほうに視線を向けた。
「大丈夫だよ、俺は大丈夫。フィリア……帰ったら本を読んでやる。いや、一緒に本を読もう」
「おいおい、この状況で強がってどうする気だ? お前にそいつは助けられないよ、絶対にな!」
ニタリと笑うラン。その顔を見て、凪は不思議そうな表情を浮かべる。
「お前……なんでフィリアにこだわるんだ? お前は何だって持ってるだろ……それなのに、どうしてまた、俺から奪おうとするんだ?」
「はぁ? お前は本当にバカなんだな。言ったろ、コイツは『ザ・ハーフ』に繋がってるかもしれねぇ。そうじゃなくとも、普通じゃ考えられないような……とんでもない演算容量が手に入るかもしれないチャンスだ! あの白野姫子さえ足元にも及ばないような特別な人間になれるかもしれないんだぞ! そのための鍵を、手放すバカがどこにいるんだよ!」
「そうか……お前にはそう見えてるんだな」
「他に何があるっ! ああそうか、お前には用のない話だったなっ! まともな容量も受け入れられない欠陥品だっ!」
グッと拳を握りしめる。
悔しさ、怒り、悲しみ、寂しさ……これまで抱いてきた様々な感情が浮かんできた。だが、すぐに心を落ち着ける。
――クールに行こう。もう勝利は決まっているんだから。
あとは覚悟を決めるだけ。そして、フィリアの顔を見て、心は既に固まっている。
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