第2話
「さてこの廊下の先が風紀委員の活動拠点だ」
姫子が指を指した先には、「生徒指導室」という表示がある。本来は教師が生徒を指導するための部屋なのだが、この学園においては風紀委員がその役目を担っている。
「では行こうか」
「あの……ちょっと待ってください」
「どうした? 何か問題があるのか?」
問題は大いにある。
生徒指導室に繋がる廊下には、二〇を越える生徒が立ち塞がっていた。
本来であれば、授業中であるにも関わらず、彼らは「風紀委員の活動」を行っている最中ということで授業が免除されている。もちろん、それが容認されるのは、風紀委員が全員成績優秀者のみで構成されているからだ。
「まったく、優秀な人間っていうのは、何でも許されるものなのか」
「何でも……とまではいかないさ。だが、自由になるものは多い。それは確かだ」
学園で最も優秀な人間からの言葉は、慰めなど存在しないと実感させられる。
だが、今は厳しい現実なんてどうでもいい。為すべきはただ一つである。
「生徒会長であっても、ここをお通しするわけにはいきません。お引取りください」
「いいや、通るよ。私は風紀委員長代理に用がある」
「どのような要件でしょうか? 私から伝えておきましょう」
「いいや不要だ。私が直接話をする」
相手からの要求を全て突っぱね、決して歩みを止めようとしない姫子。そんな彼女と並びながら、凪も前進する。
「誰も通すなと、委員長代理から言いつけられています! お引取りくださいっ!」
「ほほう……私を止めると? できるものなら、やってみるがいいっ!」
姫子がデバイスを完全起動させる。すると、風紀委員のメンバーも一斉に臨戦態勢に入る。
「たとえ生徒会長でも、これだけの人数を相手に……勝てると思っているんですか!?」
「言ったな! では逆に問わせてもらおうかっ! この程度の人数で、私が止められると思っているのかっ!? 固有言語、生命の樹(セフィロト)!!」
煌めきが奔る。
それは一筋の白い線だった。
白野姫子の正面から放たれた光線は、一瞬にして風紀委員達の間を走り抜けると同時に、屈折、拡散、収束を繰り返していく。
すると、生徒達が次々に意識喪失していった。
「これが……日本最強の力か。全くもって、恐ろしいもんだ……」
白野姫子の固有演算〈無限光(アインソフオウル)〉。
打ち出された光線と、空中に浮かぶ鏡面体〈セラフ〉による全方位からの超高速レーザー射撃である。
これは彼女の持つ圧倒的な演算割当が為せる業……ではない。
顕現において、最も難易度が高いのは「空間認識」である。
「引き起こしたい現象」を想像するのは、多くの人間にとってさほど難しくはない。
だが、「現象を生み出したい位置」を意識するとなれば急激に難しくなる。
だから通常は、自分の眼の前から撃ち出したり、手元で形作ったりする。理解しやすい位置を指定しなければ、顕現が上手く発動しないからだ。
〈イデア〉は指定された現象を引き起こす力を与えてくれる。だが、求めるべき現象を想像するのは人間の役割である。
白野姫子は、こうした常識に縛られない。自分から遠く離れた位置に結晶体を生み出し、それを利用して撃ち出した光線――レーザーを自在に操る。
目視できる範囲なら、どんな位置でも的確に距離や角度――座標を認識できる「空間把握能力」がずば抜けているのだ。
「白き光の剣が、彼女の敵を一切合切薙ぎ払う……白騎士(パラディン)の異名はダテじゃないですね」
「からかっているつもりかな?」
「いいえ……ありがとうございます」
「礼など言っている暇があるなら、さっさと走れ!」
姫子の言葉に合わせるように、凪は廊下を駆け出した。
止めようとする風紀委員が道を塞ぐが、次の瞬間には意識喪失している。
姫子の打ち出す光線は、相手の頚椎を狙って容赦なく照射され、すぐさま安全装置を発動させているのだ。
あともう少しで生徒指導室の扉に手が届く。
その時だ。
廊下の脇にある扉がガラガラと開き、中から緑の腕章を付けた生徒が数人飛びかかってきた。
「しまった! まだ控えていたのかっ!」
姫子は即座に対応しようとした。
だが、まだ廊下に残っている生徒達の影に入ってしまい、凪の周囲が死角に入ってしまう。
ここで凪が意識喪失させられれば、一時間は起きられない。そうなれば風紀委員は次の襲撃を避けるために、フィリアの身柄を違う場所に移してしまうだろう。
それに生徒会の介入について、全面的に抗議してくる可能性もある。姫子の力を借りられなくなれば、凪がフィリアを取り返すチャンスは消失する。
「でも……ここで使うわけにはっ!」
奥の手は一度切り。二度目はない。
こんな場所で使うわけにはいかない。何とか襲ってくる生徒達を躱し、生徒指導室に入り込みたい。しかし、時間的に間に合わない。
「発動言語、〈鉄火の拳〉っ!!」
燃え上がる拳が目に入る。
襲いかかろうとしてきた生徒の顔面にクリーンヒットし、そのまま意識を奪っていった。しかも一撃ではない。
彼女の拳は、凪に群がる連中を次々に叩きのめしていく。
「なんで、ここに?」
「姫子さんが知らせてくれたの! まったく、凪は……ウナギは私がいないとダメなんだから!」
美樹は尻もちをついていた凪に手を伸ばす。
少しためらいながらも、凪はその手を取った。
ゴスンッ!!
脳天に衝撃が走る。
美樹の額が、凪のおでこに直撃していた。
「いっ……てぇーーーっ! 何するんだよ、お前!」
「昨日のお返しよ! 乙女の心を傷付けるなんて、最低なんだからねっ!」
「それは……悪かったよ」
一瞬、ギロリと鋭い視線を向けられる……が、すぐに美樹はため息を吐いた。
「勘違いしないでよ! 言われたことが嫌だったんじゃない……ずっと何も言われなかったことが悔しかったんだからね! そこ、あとできちんと説教するからっ! だから、今はさっさとフィリアちゃん、連れてきなさいよ!」
控えの部屋から新たに出てきた風紀委員を再び燃える拳で殴り倒す美樹。さらに、後方から飛んでくる光線による援護射撃が、脇の部屋から飛び出す援軍を打ち倒していく。
「わかった……ありがとう!」
凪はすぐに生徒指導室の扉を開き、そのまま中に入っていく。
「はぁ……他の女の子を追いかける男、手伝うなんて馬鹿みたいだな」
一人で愚痴った美樹は、生徒指導室の扉に背を向ける。そして、廊下に残る風紀委員に向けて叫んだ。
「言っておくけど、絶対にここは通さないからねっ!」
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