第10話

 トボトボと通学路を歩いていく。

 凪にとっては日常なのに、どこか喪失感が付きまとう。心も頭も整理がつかないまま、それでも朝は訪れてしまった。

 学校へと向かう足は重い。本当は全てを投げ出して閉じ籠もっていたい。

 ただ、〈何か〉が許さないような気がした。

 それが〈何か〉はわからないのに。

「よっ! 奇遇だな!」

 すぐに嘘だとわかる声がした。なぜなら、万丈の家は凪の自宅とは反対方向だからだ。

「どうして、こんなところにいるんですか?」

 凪の顔を見て、万丈は一瞬だけ怯んでしまう。目の下に厚いクマができていて、まるでパンダみたいだったからだ。

「あ~……連絡があったんだよ、高津からな。お前の様子がおかしいって……話は聞いたぜ。まったく……風紀委員のヤツら、横暴にもほどがあるってんだよっ!」

 握った拳をバシンと叩くような仕草で、怒りを表現する万丈。

 そんな風に感情を表に出せたなら、少しは楽になれるだろうか?

 凪は薄っすらとそんな考えを浮かべた後、彼の言葉について改めて考えを巡らせた。

「……美樹から連絡があったんですか?」

「ああ、お前の様子を見てきてほしいって。自分で行けって言ったんだけどな……お前らケンカでもしたのか?」

 呆れた様子で覗き込んでくる万丈に、凪は黙り込んでしまう。

 すると、万丈も無理に何かを聞き出そうとはせず、二人は並んで歩くだけになった。

 しばらくは静寂に耐えていた万丈だったが、ただでさえ人通りのない道だったこともあり、音の無さから落ち着きを失っていく。

 だから、タイミングよく目の前に映った黒い箱は救いに見えたのだろう。。

「そう言えば、お前のおかげでコイツを使えるようになったぞ」

 万丈は自販機のそばまで駆け寄ると、デバイスを起動させた。

「んでもって、『炭酸』『甘味』っと!」

 万丈からの入力を受けつけると、自販機は次の動作に移る。

 と、その時である。

 ボーっとしながら歩いていた凪が、たまたま自販機と万丈の間に入り込んでしまった。

「おい、お前っ! 何やってんだよ!」

「え?」

 コップがコトンと落ちると、そこに飲料が注がれていく。ピーっという音が鳴ってから、万丈はゆっくりとコップを取り出す。

「お前な、いろいろ悩んでるのはわかるけどな……ちったー俺の話も聞いて……ブフゥゥゥ!! うわ、あめーっ!!」

 口に入れたコーラを思いきり吹き出す万丈。間一髪、凪はベトベトシャワーを避けた。

「きたないですよ……何やってるんですか?」

「いや、だってよ……コイツめちゃくちゃ甘いんだよっ! おっかしいな……前はきちんと良い感じだっただねどな……」

「ああ……すみません。それは多分、僕が割り込んだからで……僕に合った飲み物が出てきたんじゃないですかね」

 自動販売機は注文を受けてから、目の前に立っている人間の生活情報や生体情報を読み取る。そして、本人にとって最も適切な飲料を提供するのだ。

 ところが、その解析の段階で凪が間に入ってしまったため、自販機は凪にピッタリの飲み物を作ってしまった。

 凪の話を聞いた万丈は、じとりと睨みつける。

「……わかりました。今回は僕のせいですから、あとで何か奢りますよ」

「全くだよ! お前が割り込んだりしなけりゃ、今ごろ美味いコーラを飲めてたのによ」

 はぁっと嘆息した凪。

 その時だった。

 まるで頭の中に閃光が走るような……霧が晴れるような感覚を覚える。

 すぐさま振り返ると、頭を自動販売機に押し当てた。

「お、おい……いや、冗談だからな? 別のそこまで強く責める気はねぇぞ」

「違いますよ、そうじゃない……コイツですよ! 自販機!」

「え? お前何言ってんだ?」

 さっぱりわからないという顔をする万丈を他所に、凪は思考をフル回転させる。

「物事には順序がある……原理はわかったぞ。なら対抗する手段もあるはずだ。どうすればいい? どうすれば勝てるっ?」

「お前、まさか……俺は先に行ってるぞ。遅刻はしないようにしろよ」

「同じような方法を利用するか。だが処理速度じゃ絶対に敵わないぞ。正面から勝てないなら工夫が必要だ……なら競う方法じゃなくて、あらかじめ……」

 自分の声に反応もしない男を前に、大きなため息を吐きながら、万丈は学校へと一人で歩いていく。

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