第8話
「ど、どうしたの? ウナギ……ちょっとおかしいよ?」
「おかしい……何がおかしいのさ。俺はいつも通りだよ。何も変わらず、空っぽのまんまの……負け犬のまんまだろうがっ!」
また奪われた。
また奪われてしまった。
「ランは……いつだって俺より上で……だから、俺には何もない! アイツは何でも与えられるのに、俺は全部なくしてきたんだ!」
当然だから、必然だから、仕方がないから……そんなのは全部言い訳だ。
奪われて悔しくなかったことなんてない。
失って歯がゆくなかったことなんてない。
何もないのが仕方がないと思ったことなんて――本当は一度だってない。
「それでも、俺には何もできない……取り返すことなんてできない……そんな力はどこにもないっ!」
どうしていつも自分ばかり――何も手に入れられないのか。
手に入れたと思っても、すぐに奪われ失ってしまうのか。
「そんな……こと、言われても……私にはわからないよ。それに……ウナギには、私がいるじゃない。私は友達でしょ? ずっと……これからだって!」
「美樹……それは、違うだろ?」
「え?」
何を言われているのか全く理解できないという表情。美樹が見せた様子に、凪はなおさら苛立ちを覚える。
「お前の友達は……俺じゃないだろ? 『一条凪』って人間だ」
「はぁ……? だから、あなたじゃない。一条凪はあなたのことでしょ、ウナギ?」
「その呼び方はやめろよっ!」
「いたっ!」
凪は美樹に近付くと、彼女の腕を掴んだ。力任せに引っ張られたことで、美樹は怯えてしまう。
「ウナギうなぎウナギ……その呼び方は、俺が『一条凪』だからだろ! そうあって欲しいって、一条家の人間であれって……お前はそう思ってるんだろ!」
今度は美樹を突き飛ばす。いったい何が起きているのか、彼女にはまるで把握できず……それでも震える声で問いかける。
「どうしたの? いったい何を言ってるのよ、ウナ……凪。いったい何がそんなに気に入らないのよ!?」
「……一条の家は名門だ。だから優秀な人間しか必要としてない。俺は落ちこぼれで……生まれながらの落伍者で、何も持たないタダ飯食らい。だから、俺は一条の人間じゃない! 父さんも母さんも……ランだって! 俺を家族だなんて思ってないんだよ!」
「それは……でも、そんなの関係ないじゃない!」
「あるんだよ! 俺が一条の人間だから……お前だって『友達』やってるんだろうがっ!」
「……!?」
感情をぶちまけた凪は、ハッとした。
目の前の少女が浮かべたのは、見たことがない表情だった。
いつだって前向きで、明るくて、元気で。そういうのだけが取り柄みたいな幼馴染が本当に……本当に悲しそうな顔をしている。
見ていられなかった。見たくなかった。そうさせたのが自分だから、なおさらに。
目を外らした先。そこにはタオルを被せたままにしてあったラップトップがある。現実から逃げるように、凪はコンピュータの前に座り込んだ。
「何、してるの?」
美樹の質問に答えることなく、凪はラップトップを覆っていたタオルを取り去り、いつもの作業を始める。
「ちょっと、凪……これは何? まさか、あなた……まだそんなこと続けてたの?」
「お前には関係ないだろ」
「関係ないなんて、どうしてそんなこと言えるのよ!」
カタカタカタカタ……。
キーボードを叩く音が響く。ラップトップの画面には、凄まじい速さで難解なコードが流れ続けている。
「自分が何してるのか……本当にわかってるの! こんなの、バレたら凪は……!」
「どうでもいいよ、そんなこと。どうせ、俺には何もないし。なら俺はせめて……知りたい。知りたいんだよ、俺に何もくれなかった、神様ってヤツの正体が!」
「ねぇ、ダメだよ……全然ダメだよッ! ねぇってば、凪! どうしてそんな、〈イデア〉をハッキングするなんて無理だよ! できるわけ……!」
「俺に……『無理』だなんて言うなよっっ!!」
少女の目に映ったのは、今にも泣き出す子どもみたいな……。
「もう帰ってくれよ。俺に……関わるなよ」
「……わかった。もう、いいよ。さよなら」
会話が終わると、すぐに画面へと目を戻す。トタトタと廊下を歩く音がしてから、バタンと扉が閉じられた。
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