第2話

「どうして先輩まで一緒なんですか?」

 悪態をついたのは美樹である。

 人通りの多い街の真ん中で、大きな声を出すものだから、周囲から奇異な視線を向けられてしまう。

 外を歩く人間が少なくなったとは言え、休日の繁華街となれば行き交う人はそれなりに多い。そんな中で注目を浴びるという状況に、凪は恥ずかしさを覚えた。

 しかし、辛辣な言葉を受けた当の本人は気にしていないらしい。だからさらに大声で反論した。

「いいだろうが! 俺はこいつのダチなんだから! な、一条っ!」

「いや、友達になったつもりはないですけど」

「冷たいこと言うなよっ!!」

 ――次の休日に買い物へ出かけよう。

 美樹からの誘いを受けた時、凪はしばらく渋い顔を浮かべていた。

 だが、フィリアに必要なものを買い揃えると言われれば断ることもできなかった。

 前回、二人で買い出しに行った時には、すぐに使うものだけしか手に入れられなかった……そんな言い分に押し切られたのだ。

 そして、その話をたまたま聞いていたのが、万丈であった。

「いつもツルんでた先輩達はどうしたんですか? いつも仲良さそうにしてたのに」

「あいつらは……いいんだよ、んなこたぁ! 今はお前と遊びに出かけてんだから、な!」

「遊びに来たわけじゃないんですけど」

 あくまで買い物が目的であり、凪はそれが済んだらすぐに帰るつもりだった。

「そうなのか? でもよ、アレ」

 万丈が指し示した方角に目を向けると、早速寄り道を始めている二人の少女が目に入る。

「フィリアちゃん! これはね、ソフトクリームっていうの! すっごく甘いお菓子なんだけど、ここのは特に美味しいって評判なんだよ!」

「あまい……おいしいっ! おいしいもの、フィリア好きだよ!」

「だよね、だよね! スミマセン! バニラ味二つくださーい!」

 カウンターの置くから威勢のよい返事が聞こえてくる。

「あのさキミたち……いったい何をしているのかな?」

「ナギッ! 『そふとくりーむ』っておいしいんだって!」

「そうだよ凪! あ、もしかしてウナギ君も食べたかったのかな? 頼んであげようか?」

 美樹が口元に手を当てながら、ニヤニヤと笑っているのを見て、凪は眉毛を一瞬ヒクッとさせる。

「いりませんっ! はぁ……せめて買い物が終わってからにしてくれよ、買い食いなんて」

「いいじゃない別に。休日くらい自由に楽しませてくれたって!」

「なら人を巻き込まないでくれるか? 一人で出かければよかったじゃないか……」

「あら? じゃあ、フィリアちゃんのあれやこれや、自分で用意できるって言うんだ? それなら~私は帰って~あげなくもないけどぉ?」

 嫌味な言い回しをする美樹。

 覚悟を決めさえすれば、そういう方法もありはする。

 だが、「また下着を購入した時のような恥ずかしい思いをしたいか?」と尋ねられれば、答えはノーである。

 頼れる相手がいるなら頼ってしまいたい。

 そんな気持ちに負け、凪は美樹への反論を飲み込むのだった。


 気が付けば、凪は両手に紙袋を持つことになっていた。

 最初は必要なものだけを購入する予定だった。というか、それだけでも充分に多かった。

 女の子向けのシャンプーやコンディショナー、ボディケア用のアイテムなどなど。さらには、各種洗剤なども購入させられた。「女の子がいるのに部屋を汚いままにしておくのか!」と一喝されたのだ。

 男が一人暮らしをしている部屋を見て、美樹は相当にショックだったらしい。次に見た時、キレイになっていなかったら仕置をすると息巻いた。

 ここまでは凪も渋々受け入れたが、その後は必死に抵抗する。

 部屋の模様替えだの、観葉植物だの、巨大なぬいぐるみだの……凪の部屋をファンシー空間に変えるため、美樹はあらゆる提案を繰り返し、そのたびに凪と口論になるという始末。

 見ていた万丈が止めに入ろうとするも、

「「部外者は黙っててください!」」

 と両者に睨まれ、三歩退くというハメに。

 こうして無事――と言ってよいかはわからないが――買い物は終わり、大きな荷物を両手にした凪と他の三人は帰路に着くことになった。

「はぁ……トンデモない出費だ。しばらくは食事も制限しないと」

 ため息混じりに呟く凪を見て、美樹は眉間にシワを寄せた。

「何言っているのよ! 女の子っていうのはいつもこのくらい使っているの! 男子はそういうとこ、全然わかってないっ! ねぇ、フィリアちゃん!」

「だんし? じょし? なぁに、それ?」

「……あはは、わかんなかったか。でも大丈夫、私がいろいろ教えてあげるから!」

 胸を張る美樹を見て、凪は嫌な予感を覚える。

「お前……うちに来る気なのか?」

「当たり前でしょ! せっかく買い物したんだから、準備だの何だのしないとね!」

「いや、買ったのは俺だけどな!」

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