第5話
生徒会室は、高等部校舎一階の一番南側にあった。三つ並んだ特別教室の先、廊下の突き当りの部屋に割り当てられていて、二年生の教室からはさほど離れていない。だが、役員以外の人間が近付くことはほとんどなかった。
生徒会長・白野姫子は学園一の人気者だが、他の役員はあまり好かれていない……というより嫌われている。なぜなら、誰もが姫子の座――すなわち生徒会長を目指していると言われていたからだ。
そういう噂を知っている凪にとって、生徒会室の扉を開くというのは、とても気が重いことだった。だから、一度深呼吸をしてから、取手に手を伸ばす。
「ちょっと……何やってるのよ」
脇から美樹が声をかけてくる。すると、あっさり扉を開いて中に入っていった。
「失礼しまーす! ほら、入りなさいよ!」
美樹に腕を引かれ、凪も生徒会室へと足を踏み入れる。すると、そこには一人の人影が見えた。凪の予想通り、そこには彼女――白野姫子が立っている。
「急に呼び出して済まないな、一条二年生。おや、これは……高津美樹くんか。どうして君まで?」
「いや、なぎ……一条くんの付き添いです。彼、私の幼馴染なんですよ」
「そうなのか? 女子ボクシング部のエースが友達とは、羨ましい限りだよ一条二年生。そうだ、どうかな? 今度また私と手合わせでも……」
姫子はファイティングポーズをとる。だが、美樹は大慌てで両手を振ってみせた。
「よしてくださいよ! 白野さんに敵いませんから! 正直、自信なくしそうになるんですよ、割と本気で!」
「そうか……ではこちらはどうかな?」
今度は右手のデバイスを構えてみせる姫子。
「それこそ無理って話ですよ。白野さんのアレは、私とは相性最悪って感じですし。見るのも避けるのもできないなんて、反則ですよハンソク!」
「ふむ、最近はそう言って相手にされないことが多い……さすがに少し寂しいんだがな」
「あのー……」
それまで生徒会室の中を眺めていた凪。姫子以外の人影がないのを確認すると、少しだけ安心した。そこで本題に移ろうとしたのだ
女子二人のやりとりに割って入るのは気も引けたが、このまま眺めているわけにもいかない。控えめに呼びかけてみると、姫子は凪のほうへと視線を向ける。
「これは失礼した。一条二年生……君を呼び出したのは、あの転校生についてだ」
ゴクリッ……。
凪は息を飲み込んだ。
この場でフィリアの話題を振られるとは思っていなかった。呼び出されたのが自分だけだったため、校庭での一件について咎められるものだと考えていたからだ。
もちろん、秘密を共有している美樹の表情もこわばる。
「彼女、一体何者なのかな? 普通ではない……というよりも、おかしなところばかりだ。先生方から聞いたが、転校当日まで、彼女のことを知っている人間がいなかったとか。〈イデア〉が転校を認めている以上、疑うわけにもいかず受け入れたそうだが、いまだに訝しんでいる先生も多い」
「どうして僕を? 本人に直接聞けばいいじゃないですか」
「いや、彼女は日本語があまり上手ではないと聞いてな。恥ずかしいが、私は英語が苦手なんだ。こればかりはどうにも……だから、知り合いだという一条二年生に来てもらったわけだ」
「そう言われても……他人のプライベートを本人の知らないところで喋るほど、デリカシーを知らない人間でもありませんよ」
それまで堂々とした振る舞いをしていた姫子は、凪の言葉を聞いて一瞬、迷ったような表情を浮かべた。顎に手を当て、少し考えをまとめているようだ。
「確かに……噂話や陰口など、卑劣なものかもしれないな。これは失念していた」
「そもそも、フィリアに怪しい部分があったら、どうするつもりなんですか? 学校から追い出す……あるいは警察にでも通報しますか?」
凪にとって、フィリアが学園を追い出されるくらいは問題ではない。知らない間に転入したことになっていたから、仕方なく連れてきているだけだった。だが、警察に知らされるのは困る。それでは、彼女をそばに置いておけない。フィリアの背後にいるだろう人物にたどり着けない。
「退学? 通報? そのようなことはしないさ。どのような形であれ、彼女はすでに学園の生徒であり、私の学友だ。競い合い、高め合うべき素晴らしい友人だ。守りこそすれ、どうして私が追い出すような真似をするだろうか」
「なら、放っておいてもらえませんかね? 正直、あれこれ干渉されるのは迷惑なんですが」
「一条二年生……君は、私のことが嫌いなのかな?」
「……嫌いですよ、とても」
凪の返事を聞いて、最初に驚いたのは美樹だった。「ちょっと生徒会長になんてことを」と慌ててみせたが、凪はジッと姫子を見つめ――否、睨み続けた。
「ふむ、私はこれでも人気のあるほうだと自負していたのだが……面と向かって『嫌いだ』と言い切られるのは、なかなか衝撃的だ。さすがに傷付いたぞ」
そう言って笑う姫子は、とてもダメージを受けているようには見えない――というか、何やら「ふふふっ」と不敵な笑みを浮かべている。そして、ひとしきり笑い終わると、今度は鋭い視線を凪に向けた。
「放っておけ……か。私はそれでもかまわないがな? ただ、正体不明の生徒が学園内にいるとなれば、黙っていない人間も出てくるだろう。注意することだ、一条二年生。もし、彼女に価値を見出しているのであれば、な」
ゾワッとする。姫子の言葉は、単なる脅しや恫喝の類ではなく、真実である――そう直感した。
凪には、フィリアを手元に置いておきたい理由がある。ならば、同じような考えを持つ人間が現れてもおかしくはない。
思い至り、凪はすぐさま生徒会室から飛び出していく。慌てる美樹は、姫子に一礼だけして、後を追いかけた。
「嫌い……嫌いか。ふふふ……改めて少し興味が湧いたな、一条凪」
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