第4話

「それじゃ、ランが風紀委員長代理になってたの? まぁ、似合うっちゃ似合うけど」

 昼休みを迎え、凪は美樹とフィリアと共に昼食をとっていた。そこで、上級生三人と風紀員が教室に入ってきた経緯を説明する。

「ていううか、ウナギくんは……どうしてあの三人を助けたの? イジメられてたんでしょ?」

「その言い方だと身も蓋もないけどなぁ。庇ったっていうのも語弊があるし。あくまで本当のことを言っただけで」

「ウソ。じゃあ、アレは一体なんなのよ。ずっといられると食欲が湧かないんだけど」

 三人が机を合わせて食事をしようとしている横。ずっと土下座を続けている男が一人いた。

「ええっと……何をされてるんでしょうか?」

 あまりにも異様な光景なので、凪は思わず敬語を使ってしまう。

「俺ら……いや、俺はお前に感謝してもしきれねぇ!」

「別に……何もしてないでしょ?」

 バッと顔を上げた万丈は、すぐさま凪の手を取りながら涙を流す。

「俺は……お前に恨まれても仕方がねぇことをしてたんだぞ! それを……それをお前は……すまねぇ!!! 本当にすまねぇっ!!」

「そういうのいいですから。暑苦しいですって!」

 凪は手を引き戻す。それでも、万丈は泣きながら、「すまねぇ」と言い続けた。

「フィリア、この人きらい! 本とられちゃう!」

「アンタにもすまねぇことをした。あん時は悪かった!!」

 ゴンッ!

 万丈の額が机に叩きつけられる。本人は誠心誠意に謝っているつもりなのだろう。ただ、フィリアはその様子に怯えてしまう。

「ナギィ……この人、こわい……」

 フィリアは凪の腕にギュッとしがみつく。上手い具合に胸の谷間へと吸い込まれていく腕。だが、凪もそろそろ慣れてきたのか、この程度では動揺はしない。ただし、顔は赤くなっているが。

「凪、あなたまだランとケンカしてるわけ? 本当にさ、そろそろどうにかしなさいよ」

 お弁当箱に入っているタコさんウィンナーを口に入れると、肘を立てながらに訝しげな視線を向けてくる美樹。

「別にケンカしてるわけじゃないって」

「ウソだー! それが理由で家出したんでしょ!?」

「いや、家出じゃないし。独り立ち、自立しただけ。高校生にもなれば、親元にいなくてもやっていけるから」

 凪は売店で購入してきた明太おにぎりを頬張る。それを見て、フィリアも机の上にあったおにぎりを食べる。

「うわああ!! 口の中が……なんか、変だよぉ!」

「あ、フィリア……梅おにぎり食べたな。そりゃ酸っぱいんだよ」

「すっぱい……? フィリア、これ好きじゃない……」

「あら、フィリアちゃんは梅干し苦手なわけね。んじゃ、これあげる」

 美樹が差し出したのは卵焼き。キレイな小麦色の焼き目がついていて美味しそうである。

 パクリっ!

 フィリアは差し出された卵焼きを口に入れる。

「お、おいしい! ナギ、これおいしいよ!」

「ふふん! どう? 私の手作りなんだから!」

「手作りって……お前、顕現演算使っただろ?」

「ん? 当たり前じゃない。それが普通でしょ?」

 顕現というのは、火の玉を撃ち出したり水を凍らせたりするものだけではない。むしろ、一般的な作業の代替として用いられる場合のほうが多い。例えば料理、洗濯、掃除といった家事。あるいは浮遊艇を起動させ移動手段に利用するというのも同じだ。

「ほぼ全自動で調理されたものを……手作りというのはどうかと思うけど」

「何それ? まさか、『お店のシェフみたいにコンロを使わないとダメ』とか言うつもり。うわぁ、ウチのおじいちゃんみたいな言いっぷり! 古いわよ、古いっ!」

「古いんじゃない、レトロなだけだ。新しいものばかりが良いものだって思うほうがどうかと思うけどな」

 しれっとした顔をしながら、凪はおにぎりにかぶりついた。「売店で済ます人に言われたくない」と囁きながら、美樹は頬を膨らませる。その時だ。

 ピンポンパンポーン

『高等部二年、一条凪くん。至急、生徒会室まで来てください。繰り返します……』

 おにぎりが急にまずくなった気がした。

「ちょっとウナギ君……また何かしたわけ?」

「いや、何も……はぁ、面倒だな」

 凪は周囲を見渡す。クラスメイト達も、今の放送を聞いていたらしい。ヒソヒソと話をしながら、こちらに視線を向けている生徒がちらほら。

 本音としては、完全にスルーしたいところだが、どうもそういうわけにはいかない雰囲気だ。そもそも、ここで無視をしたところで、逃げ回るのも面倒である。

 すでに生徒会長とは遭遇済み。これまで逃げ続けてきた意味も、ほぼ失われてしまった。だから、凪は手にしていたおにぎりの残りを全て口の中に放り込んだ。

「ちょっと待って! 私もついてく!」

 美樹はお弁当箱の蓋を閉じると、教室から出ていこうとした凪を呼び止めた。

「何でだよ……呼び出されたのは俺だけだぞ」

「だからでしょ! この間みたいに、また何かあったら……」

 そこまで言ってから、美樹は逡巡するような素振りを見せた。だが、凪が眉をひそめて眺めていると、視線に気付いたように顔を上げた。

「見逃すのもったいないでしょ!」

「ついてくるな!」

「いいえ、私はついていくわ」

「……フィリアはどうするんだよ」

「あっ」

 フィリアへと視線を向ける二人。梅おにぎりをさらに一口食べようか、迷い続けている彼女……と、その横で机に額をつけ続けている男子生徒の姿が目に入った。

「「先輩、あとはよろしく!」」

「あ?」

 妙に揃った声で言い残す凪と美樹。それを聞いて、万丈は顔を上げた。残されたのは、おにぎりを見つめ続ける少女と、下級生達がら向けられる怪しむ視線だけ。

「……どういうことだ?」

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