第3話
生徒会長と遭遇した翌日、凪はフィリアと一緒に登校した。担任の教師からあれこれ尋ねられたが、美樹がうまく口裏を合わせてくれたおかげで、何とか事なきを得た。
生徒の間でも噂は立ったが、実際に何かが起こるわけではない。しばらくすると、凪とフィリアの関係について、口にするものはほとんどいなくなった。
ただし、美人転校生が目立つ存在であることに変わりはなく、ひっきりなしにクラスメイトや同級生が声をかけてくる。ここでも美樹がフォローをしてくれたおかげで大きな問題は起こらなかった――お礼と称して、毎日のようにアイスをおごらされることになったのを除けば。
だが、トラブルというのは思いもよらない場所から飛び込んでくるものである。
「た、助けてくれっ!! お前しかいないんだよ!」
授業の合間の休み時間。凪達の教室に駆け込んできたのは、例の上級生三人組だった。凪を毎日のようにいびっていた上級生達。それが、ひどく怯えた顔をして泣きついてきたのである。
「あ、この人たち、本とった人たちだ!」
「あんときの……そうだ、アンタでもいいっ! 俺らを助けてくれ、頼む!! ほら、お前らも頭を下げんだよっ!」
リーダー格の男――万丈は両脇の仲間の頭を抑え、そのまま土下座させると、自分も床に額をこすりつける。
「都合がいいってのはわかってんだ! けど、あの日のことはお前らしか見えてねぇ。頼む、助けてくれ……このままじゃ、俺ら退学になっちまうんだよ!」
「ちょっと先輩方、ここ教室ですから、そういうのはちょっと……ていうか、何がなにやらさっぱりなんですけど」
教室に乱入してきた上級生に、クラスメイト達は怪しむような視線を送っている。もちろん、土下座の対象になっている凪にも疑いの眼差しが向けられた。
そのことに気付き、すぐに凪は上級生達に頭を上げるように促す。ところが、彼らはテコでも動かない勢いだ。
「来るんだ……奴らがっ! 知られちまってるんだ、アイツらに! お前との……ケンカの件が……」
ピンと来る。
どういう経緯かはわからないが、上級生達と起こしたいざこざがバレてしまったらしい。そして、彼らが怯える姿から、相手が何者なのかも察しがつく。
「もしかして、風紀委員ですか?」
「その通りだっ!」
ガラガラガラガラ!
教室の扉が開く。制服をピシッと着こなした、優等生を絵に書いたような生徒が五人、つかつかと入ってくる。
その先頭を歩く男を目にして、凪はツーっと冷や汗をかく。
「どうして……」
凪はかすれた声を出す。それは、他の人間の耳にはまったく届かなかった。
「万丈三年生、成田三年生、伊藤三年生……あなた方には、校外における無断交戦の疑いがあります。これは重大な校則違反。風紀委員にて聞き取りを行います」
先頭の男は、メガネをクイッと上げながら、ゆっくりとした口調で告げる。右腕に巻きつけられた緑の腕章には、風紀委員長代理の文字があった。
「待ってくれ! 俺らは何もしてねぇ! 誤解なんだよ……なぁ、わかるだろ?」
「わかりませんね。あなた方が学校の外で、デバイスをアクティベートしたというデータがある以上、何もしていないというのはありえない」
「なんで、そんな……」
「あなた方は……自らの素行を振り返ってみるといいでしょう。どれだけ疎まれ、迷惑だと思われていたか。もちろん校内風紀を守る我々が、あなた方の行動に注意を払うのは当然でしょう。もちろん、デバイスの記録も追いかけていましたよ」
上級生三人の表情がみるみる青ざめていく。そこで、万丈はすぐさま頭を下げる。
「今回の件は……全部、ぜんぶ俺が悪いんだ! コイツらに非はねぇ! 頼む、俺だけで勘弁してくれ!!」
「それは、これから聞き取りを行う中でわかること。さあ、三人とも同行していただきます」
メガネの男がパチンと指を鳴らすと、後ろに控えていた男達が、三人に近付こうとする。
凪は彼らの間に割って入るように歩み出た。
「ちょっと待ってくれないかな」
「……お前」
メガネの男は、ギロリと凪を睨みつけた。だが、凪はヘラッと笑ってみせる。
「ケンカをしてたって言ってたけどさ。なら相手がいるはずだろ? それ、俺のことだよ」
「ほう……お前がケンカの相手? それは……ずいぶんとバカげた話だな」
「そう、バカげた話だ。俺が相手でケンカなんてありえない。実はね、公園で遊んでいたら、飲水用の蛇口で水を浴びちまったんだよ。んで、ビショビショのままじゃ風邪を引くから乾かそうとしたのさ。そしたら、火の勢いが強すぎて……いやあ、あん時は困った」
頭をかきながら、何かを思い出すように語る凪。当然、そんな言葉をすんなり飲んでもらえるわけもなく……。
「彼らを庇おうとしている……だけのように聞こえるが?」
「庇う? いやいや、そんなんじゃないさ。何なら、データを開示してもいいぞ。俺がその日、上級生方と同じ場所にいたっていうデータ」
凪はデバイスを起動すると、すぐに自分の行動記録を検索し、件の日時の情報をメガネの男に送った。
「……確かに、日時と場所は一致するな。これは……お前もアクティベートしているようだが? やはり、ケンカがあったんじゃないのか?」
「いいや、それは服が焦げそうになったからだ。だから、冷やして止めようとしたのさ。今考えりゃ、もう少し上手いやり方もあった気がするけどな」
送られてきたデータを見つめながら、メガネの男は眉間のシワを増やしていく。
「どうしますか、委員長代理?」
「ふん、まあいいさ。どうせ、落ちこぼれ共の馴れ合いだ。どこかでまた、ボロを出すだろう。ここは退くぞ」
メガネの男がそう言うとほぼ同時。彼の目は、見慣れない少女の姿をとらえた。今まさに、凪へと飛びつこうとしている少女の姿を。
「ナギッ! この人たち、また本をとりにきたの? 本、大事! あげない!」
「あ、ああ……大丈夫だって。そういうんじゃないから。ね、先輩方?」
「え、ああ。もちろん、そんなことはしねぇけど」
フィリアの発言が、緊迫した雰囲気を急に吹き飛ばした。おかげで、万丈は呆気にとられて、促されるままに返事をする。
「なんだ、その生徒は……」
メガネの男は、初めて見るフィリアの姿に関心を抱き、すぐさま声をかけようとした。
「あれ? ランじゃん」
美樹だった。先生からの頼まれ事を済ませ、教室に戻ってきたらしい。名前を呼ばれたことに気付き、メガネの男は振り向いた。
「やっぱり、ランだ! どうしたの、ここ二年生の教室だよ? まさか、間違えてきちゃったとか!」
バンバンとメガネの男の肩を叩く。すると、彼は穏やかに口を開いた。
「いやだな、そんなわけないでしょう? まったく、高津さんは相変わらず冗談が上手ななんだから」
「じゃあ、アレだ! お兄ちゃんに会いに来たんだ! 久しぶりじゃない? 三人が揃うなんてさ」
ニコニコと笑っている美樹。ランも合わせるように笑ってみせるが……。
「悪いんだけどさ……僕、委員会の仕事で忙しいんだ。それじゃあ」
ランは連れていた四人と一緒に教室から出ていった。だが、凪はハッキリと見ていた。ランが姿を消す寸前、氷のように冷たい視線を向けていたことを。
「ランは違う意味で変わらないわね。本当、いっつも真面目なんだから……え、ていうか、コレ何?」
土下座スタイルで座り込む上級生三人と、その脇でフィリアに抱きつかれている凪。異様な光景を前に、美樹の発言は実に自然なものだった。
だが、凪が事情を説明する暇はなく、授業開始のチャイムが鳴り響いた。
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