第4話

 廊下を駆け抜けていく。授業中のおかげで、他の人間とぶつかる心配はほとんどない。このまま、校舎の外まで出てしまう。

 彼女がいかに強いといっても、学園の敷地から出てしまえば問題ない。彼女はあくまで生徒会長であり、その権限は学園内に限られる。本気になれば、強引に追いかけて来ることもできるが、生徒会長・白野姫子は分をわきまえている。そこを踏み外すことはしない。

 凪は一気に校庭を突っ切ろうとする……が。

 突然、目の前に光の線が現れた。

 地面に突き刺さるような真っ白な光のライン。格子状に数えきれないような、細い光の線が立ち塞がり、立ち止まらざるを得なくなる。

「こいつは……レーザーか!」

「ご明察だ。触らないほうが賢明。ケガをしたくないならな」

 背後から声が聞こえる。

 だが、凪は振り向かない……否、振り向きたくない。

「先ほどから気になっていたのだが、君は誰なのかな? 学園の制服を着ているようだが……見た覚えがない」

「それは残念です。まあ、僕みたいな一生徒では、姫子さんの覚えがめでたくないのは仕方がありませんよ」

「私をバカにしないでほしい。一度でも競い合った相手であれば、誰であっても顔や名前を忘れることはない。それが礼儀というものだ」

 それこそバカげている。

 だが、姫子の言葉が嘘ではないだろうことを凪は察していた。彼女は自ら嘘をつくことなどない。そんな必要はない。

 偽り、隠れるのは弱者の性質。絶対強者である姫子は、全てを堂々と語ることができる。

「それで……君は一体誰なのかな? どうやら転校生……フィリアくんの関係者らしいが、彼女との競争を邪魔されるのは、いささか不愉快だ。まして、君が学園の人間ならなおさらだぞ。白の七則第三条……」

「第三条『生徒は大いに競うべし。学友との競争を避けることなかれ』ですか、生徒会長さま」

 現代日本において、学校とは競争の場である。〈イデア〉からの恩恵――演算割当をより多く手に入れるため、本気でぶつかり合えるのは学生までだからだ。

 社会に出た大人は、特殊な権限を持っていたり心身に危険が迫ったりしないかぎり、『顕現』の行使に大きな制限をかけられる。だから、社会的な成功を収めるなりしなければ、自分のキャパを増やせない。成功者となるためには、学生の内に実力を示さなければいけないというのが基本である。

 どれだけデバイスを上手に使えるのか――ここが肝要である。

 それでも、凪が入学した当初は、そこまで競争を求められたりはしなかった。望むものもいたが、多くは穏便に学校生活を過ごし、学業や部活動などの業績を通じて、演算割当を上昇させようとしていた。あるいは授業の一環として、教師監督のもと模擬的に決闘が行われる程度だったのだ。

 だが、姫子は競い合おうと宣言した。

 競い、争い、共に成長する。

 そして、自らをさらに高めること。それが、生徒会長・白野姫子が示した理想である。おかげで、学園の敷地内においては両者の合意のみで決闘が成立する仕組みになってしまった。

 凪はもう一度考えてみる。一人なら、この状況を切り抜けられるかもしれない。眼の前にある光の格子を抜ける方法を見つけ、そのまま学園の敷地を飛び出す。

 ――今日のは単なるアクシデントだ。仕切り直しができれば、また彼女に見つからない生活を続けられるはず。

 だが、そのためには置いていかなければいけない。

 いつの間にか、凪は彼女の腕を放していた。代わりに、フィリアが自分の腕に抱きついている。

「ナギ、震えてる……だいじょうぶ?」

 フィリアは心配そうに、凪に声をかける。

 だから、彼はゆっくりと振り向いた。

「僕は高等部二年、一条凪です。はじめまして、姫子さん」

「一条……なぎ? おお! 君が凪くんか! 同窓でありながら、五年間ずっと遭遇しなかった唯一の生徒! いつ競うことができるかと楽しみにしていたんだ! 新しい好敵手が一日に二人も増えるとは……なんと良き日であろうか」

「こっちは単なる落ちこぼれですよ。姫子さんの相手なんて、とても……」

「何を言う! 人には持って生まれた才がある。必ずな。凪くんにも、私を凌駕する何かがあるだろう。だからこそ、競い合う意味があるというもの! フィリアくんには悪いが、まずは凪くんから先に相手をしてもらおうか! 五年も待ち焦がれていたのだからな、この瞬間を!」

 いちいち仰々しい物言いをする。まるで演劇の一幕ように、大手を広げながら語る姫子。

 だが、その言葉に嘘はないと直感する。それが彼女を避け続けた理由でもあったからだ。

 校庭のど真ん中で大声を張り上げれば、教室の生徒達の耳にも届く。生徒会長が生徒と競うとあれば、自ずと注目が集まった。校庭を覗き見ようと窓にへばりつく生徒の姿も見える。

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