第5話
「いくぞ、凪くん!」
「……デバイス・アクティベート!」
凪の腕にはめられたデバイスから、いくつものモニターが空中に浮かび上がる。
姫子は凪達の足止めをするため、すでにデバイスを完全起動〈アクティベート〉していた。ニューロデバイスを完全起動した人間が向き合えば、それは決闘の始まりである。
「大いに競うぞ、凪くん! まずはこちらからだ! 始動言語、セフィ……」
姫子の動きが止まった。目を見開き、表情も固まってしまう。
彼女にとっては思考の範囲外だった。だが、凪にとっては当然の選択。
「僕の負けです」
凪は土下座していた。両手を折り重ねながら地面につけ、頭を丁寧に下げている。
「……どういうことだ? 何をしているんだい、凪くん」
「ですから、僕の負けです。参りました」
「まだ……まだ、何もしていないぞ?」
「それでも……僕の負けです」
姫子の表情はみるみる内に険しくなる。二人の様子を見ていた生徒達もざわついていく。
「凪くん……何もしないまま、競争から下りるというのか?」
「競う必要はありません。意味もありません。ですから、僕の負けです」
凪は頭を下げたまま、静かに返答する。それまでギリギリ笑顔を保っていた姫子だったが、もはや限界を迎える。
「私は、負けを覚悟して向かってくる人間は嫌いではない。その必死さに希望を見るからだ。逃げようとする者も尊敬するよ。その賢さに輝きがあるからだ。だが、君は何かな……凪くん」
姫子の問い掛けに、凪は何も答えなかった。ただジッと頭を下げ、嵐が通り過ぎるのを待っているようだ。
「私は、君から演算割当を奪ったりはしない。だが、君が勝てたなら私の演算割当を半分得ることができるんだぞ? 失うものはない……チャンスだけが目の前にある。それでどうして……どうしてこのようなことになるんだ! 答えたまえ、一条凪っ!!」
返事はない。
「ナギ? ねえ、ナギ……どうしたの?」
あまりにも反応がないため、フィリアのほうが心配を始めてしまう。
「五年間、私から徹底して逃げ続けてきた生徒が、一体何を考えているのか興味があったが……単なる腑抜けだったとはな。本当に残念だ」
姫子は凪に背を向けると、そのまま校舎のほうへ歩いていく。
「君は弟くんとはまるで違うのだな……一条二年生」
吐き捨てられた一言に、凪は少しだけ息苦しさを覚えた。けれど、しばらくすれば、それも収まる。
「ナギ……どうしたの? お腹いたいの?」
「……いいや、違う。服が汚れちまったな。今日はもう帰ろう」
「ガッコウは?」
「学校は……もういいんだよ」
凪は立ち上がると、そのまま校舎に背を向ける。遠くから、聞こえるはずのないヒソヒソ声が響いてくるようだった。
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