第3話

 一瞬、淡いオレンジ色のショーツが目に入った。

 だが、それはすぐさまスカートの中に隠れる。階段から飛び降りた少女は、下着を見られても恥ずかしがることもなく、凪とフィリアへと視線を向けた。

「教室にいないものだから、一体どこにいるのかと探してしまったではないか。転校生よ、私はこの学園の生徒会長である。名は白野姫子だ、よろしく頼むよ!」

 紺碧の長髪をなびかせながら、二本指を軽く上げて挨拶をする少女の姿に、凪はあからさまに苦い顔を浮かべる。

 学園の中で二番目に会いたくない人物が現れてしまった。

 生徒会長・白野姫子を一言で表すなら、『カリスマ』である。彼女は学園始まって以来の、中学一年生で生徒会長になった少女だ。

 中高一貫である七星中央学園において、生徒会長は極めて強い権限を持つ役職だ。本来なら、高校三年生――学園に五年以上在籍している者が就くのが慣例だった。

 それを若干十三歳の時点で打ち崩した少女。

 快活にして明白。そして実力は最高峰。女が惚れる女であり、男が背中を追いかけたくなる女である。初めて臨んだ生徒会長選挙において、得票率が八十を越えていた。まさに、人の上に立つために生まれた人間だ。

 その白野姫子が眼の前にいる。

 凪にとっては、どうしても避けたい……そしてずっと避けてきたシチュエーションだった。

「生徒会長さん? どうしてここに……」

「コラコラ、私のことは気軽に『姫子さん』と呼びさない。白の七則第一条だ」

 白の七則――姫子が生徒会長になって作った新しい七つの校則だ。一つ目は彼女を『姫子さん』と呼ぶこと。二つ目は、購買では競争せずにきちんと並ぶべし。

 他に五つの決め事が定められている。それは、彼女が生徒会長に就任した五年前より、ずっと守られ続けてきた。

「……姫子さん、今は授業中ですよ。いいんですか、生徒会長がサボって」

「よくはないな、授業はきちんと受けるべきだ。しかし、それよりも重要な用事がある以上、致し方あるまい。生徒会長として――そして、白野姫子として欠かせない用がある」

 凪にとっては最悪の状況だ。

 先ほどから凪の言葉に的確に受け答えをしている姫子。しかし、彼女の目は一点を見据えて動いていない。

 視線の先にいるのは、フィリアである。

「転校生くん、君の名前は何というのかな?」

「名前……フィリアはフィリアだよ」

「そうか、フィリアというのか。良い名前だ! ではフィリアくん、私と競おう!」

 やはり始まった。

 白野姫子は競争狂〈コンペマニア〉だ。あらゆる人間とあらゆる分野で競いたいと願う。そして、勝ち続けてきた。その圧倒的な実力こそ、彼女のカリスマを支える柱の一つ。学園の中において、ほぼ全ての生徒を実力で降してきたのだ。

 当然、新たに学園の仲間が増えた以上、競わずにはいられない。そして、学園における力比べとは、その第一義としてデバイスを用いた一騎打ち――決闘(デュエル)を指す。

 凪はどうしたものかと思案する。だが、相手はこの学園の最強――否、日本最強の女子高生である。〈九位階〉を持つ同級生は、二八位階の凪にとって天よりも高い存在だ。

 演算割当では五十万倍以上の差がある。

 だから、彼女が起こそうとする行動を止めるのは不可能だった。そもそも、姫子の目的は凪自身ではない。

 だから、知らないふりをすることもできた。どうせ、彼女はフィリアを害したりはしないのだから。

「きそおう? なに、それ?」

「……なるほど。君は日本人ではないのか。日本語が不得手とは知らなかった、許してほしい。では、改めて……フィリアくん、レッツ・ファイトッ!!」

 キラッと何かが光ったように見えた。

 凪はすぐさま、脇に積まれていた袋を破く。すると、中から大量の白い粉――家庭科の授業で使う小麦粉が撒き散らされる。同時に、周囲に強い光が拡散された。

「なにっ! ケホッケホッ!!」

「ひゃあ! これなに? 気持ち悪いよ……」

「いいから、こっちに来るんだよ!」

 凪はすぐさまフィリアの腕を掴むと、そのまま引っ張って走り出す。とにかく、その場を離れる必要があった。

「ナギ? どうしたの?」

「いいから! あの子……姫子さんから逃げるんだよっ!」

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