第2話

「それではフィリアさん。あそこの席に座ってください」

 教師が指は空いている席へとフィリアを案内しようとした。ところが、彼女はまるで違う方法を見ている。

「こっちを見るな、こっちを見るな、こっちを見るな……」

 何かの呪文のように呟く凪だが、おまじないは効果を見せなかった。

「ナギ! フィリア来たよ! ナギッ!」

 制服姿の美少女外国人が、大きく手を振りながら名前を呼んでいる。当然ながら、教室にいる生徒達の視線は、一気に凪への向かっていった。

「あら? フィリアさんは一条くんを知っているかしら?」

「うん! ナギ、知ってる! ナギもフィリア知ってる!」

「なら、一条くんがフィリアさんの面倒を見てあげてね。まだ日本語が拙いみたいだから」

 教師はニコリと笑う。ナギの目には「面倒から開放された」と喜ぶ大人の顔が、憎らしげに映ったのだろう。だが、今はそれに腹を立てている状況ではない。

「ナギ! ナギのとなり! 一緒だよ! フィリア、嬉しい!」

「黙ってなさい! 俺の名前を呼ぶな! というか、くっつくな!」

 フィリアは凪の腕を抱きしめる。当然、柔らかな膨らみが布越しに当たった。

「……フィリアさん、ここは日本の学校だよ。そういうのは、ダメなんだ」

 さも外国人だからスキンシップが激しいんだという印象を作ろうとする凪。ところが、フィリアは言葉の意味するところがわからない。

「いつもと同じ! ナギ、フィリアに教えてくれる! ブラの付け方も教えてくれた!」

「せんせい! 僕はこれからフィリアさんに校内を案内してきますっっ!」

 凪は勢いよく立ち上がると、ピシッと手を上げて宣言する。そして、フィリアの手を掴むと、そのまま教室の外へと走り去っていった。

「え、ちょっと……これから授業……ま、いっか」

 女教師は止めようとしたが、結局は行かせてしまう。

 走り去る凪の姿を見て、頬を膨らませたのは美樹だった。

「なんなの、あれ……」


 人の姿が見えない階段の下、物置のような場所に凪とフィリアは立っていた。もっとも、すでに授業が始まっている時間だから、他の生徒の姿がないのは当然である。それでも、人目を気にして話さなければいけない。

「フィリア、お前どうやってここに……というか、転校生ってどういうことだ?」

 なるべく穏やかに、冷静に話そうと努める凪。「とにかくクールにいこう」と、いつものように心の中で唱えながら。

「うーん……よくわからない。ここに来たら、知らない人たちが案内してくれた。『あなたが転校生なのね』って。この服も用意してくれて……でもなんだかキツいよ、コレ」

 どうも、サイズが合っていないらしい。身長に合わせた形で選ばれているものらしく、日本人とは比較にならないナイスバディのせいか、色々なところがパッツンパッツンになっていた。

 特に胸元。シャツは第三ボタンより上を閉じることができず、谷間がハッキリと見えてしまっている。凪もそちらに自然と視線を引き寄せられて……

 ――はっ! 俺は何をしてるんだ!?

 何とか冷静になる凪。改めてフィリアに問い直す。

「なら、お前はここがどこかもわからず、どうして転入してこれたのかもわからないんだな?」

「ここはどこなの? フィリアはナギについてきただけだよ」

「つけられていたのに気付かないとは……我ながら間抜けな話だ。しかし……」

 やはり、誰かが〈イデア〉に干渉している。

 凪はハッカーの存在を確信していた。経歴不明の少女が存在しているだけではなく、いつの間にか学園に籍を置くことになっている。何らかの方法で、〈イデア〉の情報が書き換えられているのは間違いない。

「もしそんな方法があるなら、ぜひ知りたい……俺はどうしても、お前を手放すわけにはいかなくなった!」

「フィリアも! フィリアもナギのそばがいい! 一緒にいるよ!」

 フィリアは凪に思いきり抱きついた。フニンっとしたぬくもりが、彼の胸元に伝わる。

「だからっ! そうやってくっつくのはやめろって!」

「そばにいるって言った! ナギ、フィリアのそばにいるって言ったよ!」

「今のはそういう意味じゃなくてっ!」

『おやおや、逢瀬のお邪魔になってしまったかな?』

 ハッとする。凪はすぐに周りを見渡した。廊下のほうには人影が見えない。声の主を探して視線を右往左往させるが、どうしても見つけられない。

『そんなに慌てなくてもよいだろうに。こちらだ、こちら!』

 二度目の声に、凪は上を見上げる。

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