第二章「管理=支配という定理」
第1話
一条凪は混乱に陥っていた。
頭の回転がまるで追いつかない。なにせ、目の前の状況がまったくの想定外――というか、摩訶不思議アドベンチャーも良いところだったからだ。
「では、新しいお友達を紹介しますね。フィリア=フラグメンツさんです!」
「はじめまして、フィリア=フラグメンツ……です」
フィリア。そう、あのフィリアである。
キラキラと煌めく紫水晶の髪、降り積もったばかりの雪のような白い肌、そしてヴァーミリオンの瞳。
間違いなく、凪が一緒に暮らしている少女である。
「落ち着け……落ち着くんだ。一体何が起こってるんだ? ここは……クールに考えよう」
凪はまず、状況を整理することにした。
三人の上級生を懲らしめた後、凪とフィリアは自宅に戻った。何とか誰にも見咎められることなく帰宅できたのは幸運だっただろう。
だが、一息つく間もなく、まずは服を変える必要があった。いくら夏場とはいえ、さすがに水に濡れたままというのはマズいと考え、すぐに着替えようと思ったのだ。
ところが、フィリアの視線が気になってしまう。そこで、「向こうを向いていろ」と告げるものの、すぐに振り向いてしまった。もう一度言ってみるが、やはりすぐにこちらを向く。そんなやりとりを繰り返しつつ、わずかな隙を狙い、自己最短記録を誇るだろう早業で着替えを終える。
しかし、時すでに遅し。冷え切った体は、完全にウィルスだか菌類だかの苗床になってしまった。要するに、風邪を引いたのだ。しばらく寝込んでいた凪だったが、フィリアはお構いなし。借りてきた『にほんのどうわ』について、あれやこれやと質問してくる。やれ「人間は桃から生まれるのか」とか「灰をかけると桜が咲くのか」とか。
適当にお茶を濁すこともできたが、知識や情報については人一倍意識高い系になる凪である。
懇切丁寧に受け答えをしていれば、いつの間にか休む暇もなくなってしまった。おかげで三日も学校を休むハメに。
医者に行き、診断書をもらっているため、無断欠席にはならなかったのが不幸中の幸いである。
で、久しぶりに登校してみたら、朝から「新しい転校生」の話で持ち切りだったのだ。
「なんか、外国から来た人らしいよ! 帰国子女ってヤツかしら!」
中でも、特にテンションが高かったのがツミキこと高津美樹だった。
「どうでもいいでしょ、転校生なんて」
「またそんなこと言って……みんな興味津々なのに! 男子かな女子かな? カッコいいか、かわいいか。位階はどのくらいかな? キャパ大きい子なら、仲良くしておけばいいことあるかも!」
またその話かと呆れてしまった。
演算割当とは、社会に参加する人間全員に与えられる数値。〈イデア〉の持つ処理能力の総計を一として、そこからどの程度の割合を割り当てられているのかを示す数字である。数値が大きいほど、より多くの演算処理が行えるため、『顕現』できるものも大きくなる。そして、位階とは演算割当の数値を分かりやすく表すための指標だ。詳しく言うなら、「底を二とする『演算割当の逆数』の対数」である。例えば演算割当が一〇二四分の一だった場合、逆数は一〇二四。これはニの一〇乗だから、位階は一〇である。
演算割当あるいは位階の大小は、そのまま生活の質に直結すると言っていい。なにせ、買い物などに使われるデジタル通貨は、イデアの処理能力を預託という形で支払われるからだ。買い物をすると、一定時間、物品の価格に対応した容量を生産行為のために貸し出すことになる。逆に言えば、貸し出せるだけの容量がなければ、買い物もまともにできないのだ。
だから演算割当を増やすこと、あるいは演算割当が大きい人間と仲良くなることは、社会的なステータスになる。
凪はそうした価値観に嫌気が指していた。だから、幼馴染の少女までが、転校生の演算割当を意識していることなど知りたくもなかったのだ。
「誰も彼もキャパの大小ばかり気にして……バカバカしいったらない」
「何をおっしゃるウナギさん。学校で決まった位階は、卒業してから変えるなんて超絶難易度なんだから! ウナギこそ、ちょっと頓着なさすぎでしょ! このままだと、底辺貧乏生活待ったなしじゃない! 自覚あるの?」
凪の一言に、美樹は三倍以上の反論を返してきた。まともに受け答えする気にもなれず、凪はいつも通り、机の上に頭を置く。ゆっくりと目を瞑ろうとした時、ガラガラと扉が開き、生徒達のどよめきが聞こえてきた。
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