ある昼下がりの出来事
「二○二七年、実用化された『量子コンピュータ』の登場は、世界情勢を一変させました。完成されるまで、単なる計算能力の高いコンピュータ程度にしか考えられていなかった量子コンピュータでしたが、それ以前の集積回路による演算処理とは、月とスッポン……いいえ、太陽とノミ虫ほどの性能差がありました」
かったるい授業である。いわゆる歴史の、近代史と呼ばれる内容なのだが、凪にとってはあまりにも面倒である。なにせ、「そんなことはわかっている」話だからだ。それも小学生の頃には知っていた。
むしろ、このくらいの話を知りもしない人間がいる事実が、凪からすると驚きである。自分達が使っているものが――体の一部になっているものが、どこから来たものなのか、疑問に思わないとは。その異様さが、少年にとってはあまりにも不思議であり、恐ろしくもあった。
だから、彼は授業中に突っ伏しながら居眠りをこく。余計なものを見ないように。
「そして、二○三一年に管理型量子コンピュータ〈イデア〉が導入され、我々人類は自然現象さえも支配するに至ったわけです……一条凪ッ!!」
「ふぁ?」
間の抜けた声を出す。もう少しで意識が他の世界に飛んでいけそうだという瞬間に名前を呼ばれたせいである。
「〈イデア〉の登場で達成された『顕現』について、説明してみなさい! できなければ、本日は補習ですよ、この居眠り魔!」
ヒステリック気味に怒鳴る女教師の声が、キンキンと響いて頭が痛い。
眠たそうに目をこする姿を見たクラスメイトは、クスクスと笑っているらしい。何とも不愉快な話である。
だが、教師からの質問内容自体はきちんと理解した。かったるそうに立ち上がると、凪はゆっくりと答えを口にする。
「『顕現』とは、イデアの圧倒的な演算処理によって目的とする現象を実現させる行為です。例えば、火の玉を作ったり放電現象を起こしたりする。そのために必要な全ての過程を計算し、最小のエネルギーで実現するための方法を算出するんです。人間が体内で生み出すわずかなエネルギーで実施可能な小さな初動が、周囲の環境へと影響した結果もたらされるあらゆる波及効果まで加味できるのは、イデアが持つ前時代のスーパーコンピュータより一○の一○○万べき乗倍とさえ言われる演算能力の賜物であり、カオス理論と……」
「はいはいはい! わかりました、わかりました! あなたがよく勉強しているのはわかりましたっ! ですが、授業中に眠るというのは非常識ですよ! わかってますか!」
理屈に合わない。
答えられなければ補習と言い、答えてみせても説教とは。なら始めから、「居眠りするな」と言うだけで充分じゃないか。
努力は報われない。弱者は責められるばかりの存在なのだ。けれども、どうしようもないことで悩むのは無意味である。だから、凪は再び昼寝に勤しむことにした。
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