第10話
しかし、凪は燃えることなどなかった。火球は消えてしまったのだ。いや、消されたというのが正しいか。
凪はシャツを脱ぎ、火球を上手に包み込んでみせた。彼のシャツは、三人に水浸しにした時、逆噴射した水でぐしょ濡れになっていたのだ。
「濡れた物体は染み込んだ水分が乾くまでは燃えない。そして、酸素が入らなければ物体は燃焼できない。小学生でも知ってる知識ですよ、せんぱい?」
「……っ! だったら何だ! そんなもんは何度だって……」
「いや、もう終わりですって」
「何言ってやが……う、うわっ!」
万丈がバランスを崩して倒れてしまう。
「な……なんだこりゃ、足元が……凍ってやがるっ!」
三人の足は凍りつき、地面としっかり繋がれている状態だった。だから、万丈が凪に向かって歩き出そうとした瞬間、文字通り足を引っ張られたのである。
「そちらから仕掛けた以上、これは正当防衛ですよ」
「お前が……お前がやったのか! んなわけあるか! 二八位階の落ちこぼれが!! 氷を作るなんて芸当、できるはずが!」
何とか起き上がる万丈。だが、以前として足は動かない。代わりに、凪のほうから三人のほうへと近付いていく。
「おっしゃる通り。俺の割当容量(キャパシティ)じゃ、氷を生み出すなんて何時間かかるやら。でも、作る必要なんてなかったんだよ。必要なのは冷やすだけ。これなら、難しくない。しかも、熱を集めるなんて処理をすぐそばでやってくれるなら、相乗りもできるし」
「俺の顕現に乗っかりやがった……だと。そんなのアリかよ!」
凪は『三人の足元を冷やす』という顕現演算(プロトコール)を行った。さらに万丈が火球を作る際に行った『火球作り』による熱量集約を利用し、さらに冷却を加速させたのだ。
「ありあり、大アリ! 日本っていうのは昔から節約の国なんだから。リサイクルとかリユースとか。そういう発想があったから、発展したって話だし!」
凪は三人の正面に立つ。ニッコリと笑いながら。
「お前、何する気だよ……おいっ!」
「おいおい、そんなに怯えるなよ。これでもクールでニヒルを自認してる身だから、逆上して仕返し……なんてことはしないさ。ただ、一つ約束してくれればいい」
「や……約束?」
「そうそう、俺とあの子には、今後一切手を出さないでほしいんです。そうすれば、大人しく帰ります。悪い話ではないでしょ?」
凪はニッコリと笑ってみせる。クールとかニヒルとかではなく、本当に爽やかな笑顔が、逆に恐ろしさを感じさせた。だから、万丈達は全力で頷く。
「それはよかった。いや、話のわかる先輩でよかったですよ。いやあ、これで全部解決ですね。よかったよかった!」
凪は万丈の肩をバンバンと叩いてみせる……が。
「もちろん、そんな口約束は信じませんから。ここでのやりとりはデバイス使って全部録画中です。もし約束を破ったら、学校中に映像を流しますよ。下級生の落ちこぼれ相手に、校外で顕現を使って喧嘩を売った上に、ボロ負けした映像を。忘れないでくださいね」
ニヤリと笑う凪。今度はまるで、悪魔だか死神だかが見せるような不敵な笑みであり、三人の背筋は足元よりもさらに凍りつく。
その反応を見て、凪はくるりと反転する。依然、不安そうな眼差しを向ける少女の元へと歩み寄った。
「ナギ、大丈夫?」
「ああ、もう問題はない。さっさと帰ろう」
ブルルッと体を震わせる。
「うーん、帰り道で誰ともすれ違わないことを祈ろう。上裸の男が女の子を連れて歩いていたら、確実に通報事案だ」
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