第9話
逃げ込んだのは近所の公園だった。
公園で子どもを遊ばせるという習慣はいまだに残っており、日中であればそれなりに人がいたかもしれない。だが、日暮れ時ともなれば、ただ静寂だけが居座っていた。
「バカが! 俺らから逃げられると思ってんのかよっ!」
「そんなわけないでしょ。こっちは、万年引きこもりなんだから……脳筋三人衆に勝てるわけ、ないって」
凪は相当に息切れをしていた。もう、これ以上走るのは難しいほど。
「なあ、落ちこぼれ君よう……くだらねぇ正義感かざしてんじゃねぇよ、な?」
三人組のリーダー格が前に出る。他の二人があからさまなチンピラなのに対し、この男だけは多少頭が回る印象だ。
とはいえ、ワックスで固めまくった髪型からは、いかにもチャラいといった雰囲気である。
「その子、こっちに寄越しな。そしたら見逃してやるから。な? 俺らも別に、女の子をいじめたり、酷いことしたりしやしねぇから。ただ一緒に遊ぶだけだし。悪い話じゃないだろ?」
凪は後ろにいるフィリアに視線を向ける。本を抱えながら、心配そうな顔で凪を見つめていた。
それは、自分の身に及ぶ危険におびえているのではない。彼女はピンチが訪れていることなど理解していない。
おそらく、息も絶え絶えになっている凪の様子を案じているのだろう。彼にも、それは理解できた。
「ちょっと、何言ってんすか、万丈くん! アイツ、ボコらないと気が済まないでしょ」
「バカかお前は。あんなヤツのために退学になってどうすんだよ。ここは女だけかっ攫って、アイツは学校でボコればいいんだよ」
「さすが万丈くん、鬼畜っス!」
何やらヒソヒソ話をしている三人の様子を見て、大体こんな会話がされているだろうという想像はついた。
だが、今ここで逆らうのは得策とは言えない。
「……わかりました。ちょっと落ち着いて考えたいんですけど。みず……水だけ飲ませてくれませんか?」
凪は公園にある水飲み用の水道を指差した。
「……いいぜ。好きにしろよ」
凪はゆっくりと水道に近付いていく。もちろん、三人は警戒を怠らない。
それでも荒くなった呼吸を整えながら、凪は蛇口に口を寄せようとした、が。
「そう言えば、先輩方は水浴びって好きですか?」
「は? 何言ってやが……」
凪は水道の蛇口を指で押さえると、そのまま栓を思いきり捻った。
蛇口から勢い良く水が飛び出そうとする。だが、指で押さえつけられているため、まっすぐに放水はされない。代わりに、わずかに浮かせた指の隙間から、水が飛び散っていく。
「う、うわっ! て、テメェ……何しやんだ! 冷てぇっ!」
三人はびしょびしょになってしまう。
水も滴る何とやら……ならまだしも、男がぐっしょり濡れている姿というのは、見えていて気持ちいいものではない。だが、ここは水浸しにするのが最善。
「テメェ、こんなんでどうにかなると思ってんのかよ! デバイス、アクティべート!!」
凪はニヤリと笑う。まったくもって、計算通りに進む。
「バカ野郎が! ここで電撃なんざ撃ってみろ! 俺ら全員感電するだろうが!」
万丈が手下を止める。凪は舌打ちをしてみせた。
「浅知恵なんざ使いやがって……俺がシメてやるよ! デバイス、アクティベート!」
「くそっ! やるだけやってやる! デバイス、アクティベートッ!!」
凪の前にも、光のスクリーンが浮かんでくる。何やら複雑なプログラムやら数式やらが飛び交う画面に目を向けつつ、相手の動きをうかがう。
「やる気かよ、このバカが! お前と俺らじゃ、キャパが一○倍以上違うんだぞ? そんなことも忘れちまったのか、ああ!?」
「やってみりゃわかるでしょう。それともビビってるんですか?」
「火傷じゃ済まねぇぞ! 発動言語、赤の烈弾(ブレイザー)ッ!!」
万丈の眼前にバスケットボールほどの火球が発生した。そして、勢い良く凪へと向かって飛んでくる。だが、彼は避けようとしない。
「死んだー!!!」
万丈が歓喜の声を上げる。
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