第6話

 道を歩いていても、人とすれ違うということはほとんどない。

 それは歩行者がいないという意味だけではない。自転車も自動車さえもお目にかかるのはめずらしい。

 移動の際には、浮遊艇を利用するのが一般的になったからだ。日本人のほとんどは、よほどのことがない限り、空中で移動することを選ぶ。もし、地上での移動手段を選択する人間がいるとすれば、よほど『位階』の低い人間か、酔狂なヤツだけである。

 だから、凪は道を歩くという行為を好んでいた。普段なら、図書館への道程というのは、彼にとってとても心地の良いもの。だが、今日は面倒なものを連れているせいで、余計な警戒心ばかりが働く。

「誰かに見られたりしないよな」

 他の人間が通ったりしない道の上にあって、それでも周囲に気を向けてしまう。美少女を連れて歩くという行為に、どうしても慣れない。

「ナギ、待って!」

「だ、だからひっつくな! 腕を掴むな!」

 事ある毎に、その美少女が体をくっつけようとするから、余計に頭は冷静ではいられない。だが、そんな感情を表に出さないよう、必死で我慢する。

 しばらく歩いていると、一軒の古びた家の前に着く。壁には長く伸びた蔦が絡まっていて、どう贔屓目に見ても『お化け屋敷』という通称を免れないだろう。

 鍵のかかっていない鉄門を開き、奥にある家の扉の前で立ち止まる。脇にあるチャイムを押すと、「キンコンッ」という音が扉の外にも漏れてきた。

「はーい! 開いてますから、どうぞっ!」

 女性の声がする。

 声を確認した凪はゆっくりと扉を開き、屋敷の中へと足を踏み入れた。

 そこには幾十もの本棚があった。

 ぎっしりと書籍で埋め尽くされた棚が、奥行きが見えないほど広い部屋の中に並べられている。

「ここが、トショカン?」

 フィリアは不思議そうな顔で屋敷の中を見回している。凪は彼女の様子には意識を向けず、大きな声を上げた。

「すみませーん、一条です! 先週借りた本を返しに来ましたー!」

「あらあら、一条くん? いつもながら、きっちり期限を守るのね。ちょっと待ってて!」

 どこからか、梯子を降りるような音が響いてくる。そして、トタトタと近付いてくる足音。棚の影から現れたのは、紺色の髪をショートボブにした大人な雰囲気の女性である。

「お待たせ! 今日も何か借りていくのかな……って、あら?」

 女性は凪の姿を確認してから、すぐに後ろの少女にも気付いた。

「なに? 今日はガールフレンドを連れてきたの? それも……外人さんかしら。しれっとした顔して、なかなかやるじゃない!」

「違いますよ、凛子さん。この子は親戚に頼まれて預かってるだけです。そういう勘繰り、おばさんみたいですよ」

「やだ! 女性にそういうことを言うもんじゃありません! 大体、私はこれでも二八ですから、まだおばさんじゃないわ!」

「ピチピチの一七歳から言わせれば充分……」

「もう! それ以上言わない!」

 頬を膨らませる凛子に、凪は持ってきた本を差し出した。

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