第5話

 ゴクリ。

 生唾を飲んでしまう凪。一度深呼吸をしてから、彼女の前へと腕を回す。

 ブラジャーのカップ部分が胸に当たるように配置してから左手で押さる。もちろん、直接触れないように細心の注意を払いながら。

 次に、ゆっくりとストラップを持ち上げ、右腕から通して肩に掛ける。終わったら、反対側も同じようにストラップを肩まで持っていった。

 そして、バックを両脇から引っ張り、背中の真ん中でホックを引っ掛ける。

「ふぅ……これで良し」

「なんか……変な感じがする。胸が潰れる」

「え? なんだ、サイズが小さかった……あっ」

 凪は残っている手順に気付く。ホックを締めた後、もう一つしなければいけないことがあった。

「いやいやいや、これはさすがに!」

「ねえ、ナギ……苦しいよ」

 少し息が荒くなっている少女は、本当に苦しそうな声を上げる。凪はどうしたものかと考えあぐねいた。だが、このまま放置するわけにもいかず……

「んん!! ええいままよ!」

 凪はフィリアの胸元に手を突っ込む。ブラジャーの左側のカップに手を入れると、脇のほうから柔らかな胸を掴む。そして、全てがカップの中に収まるように持ち上げる。

「ひゃっ!」

「おかしな声を上げるな! 俺にも我慢の限界がある!」

「がまん? なに、それ……ふにゃっ!」

 今度は右のカップに手を入れ、再びぷにぷにの塊を持ち上げる。

 こうして、ようやくブラジャーの装着が完了した。

「……よし、これで終わりだ! やり方、覚えたよな?」

「うん、わかった。覚えた……大丈夫? 血が出てる」

「へ?」

 気付くと、鼻からツーっと血が垂れていた。慌てて手で押さえ、顔をそらす。

「な、なななななんでもない! なんでもないぞ、これは別に。おっぱいに触って興奮したなんてことはこれっぽっちも!」

「おっぱい?」

「は、しまった!」

 口走った言葉を悔んだ……わけではない。凪は、視線の先にある一冊の本を目にして、大切なことを忘れていたと気付いたのだ。

「返却日、今日だったじゃないか! 昨日からこっち、慌ただしくて忘れてた……」

 目の前の本を手に取ると、周辺からさらに三冊ほど探し集める。

「たしか、前回はこの四冊だけだったよな……よし、じゃあ行くかな」

 立ち上がろうとした時、服の裾が引っ張られる。振り向けば、フィリアが不安そうな顔を浮かべていた。

「どこか、行くの?」

「あ、ああ。図書館に本を返すんだ。すぐ帰ってくるから……」

「フィリアも行く」

「いや、それはちょっと」

「行く」

「いや、それはちょっと」

「なら、服脱ぐ」

 付けたばかりのブラジャーのホックへと手を伸ばそうとするフィリア。凪はすぐに手を捕まえて止める。

「どうしてそうなる!」

「連れてって」

「コイツ……賢くなってやがる」

 時刻は午後四時五五分。

 歩いて三○分とかからない場所だが、のんびりとしている余裕もない。

 仕方なく、フィリアにセーターを着せて、一緒に出かけることを決めた。

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