第3話
フィリアが現れたのは前日のこと。
真っ裸の少女にシャツを着せてから、とにかく話を聞くことにした凪。
だが、彼女は何も覚えていないと言った。自分の名前以外は覚えていない、気付いた時にはすでに凪の部屋の中にいたのだ、と。
そんなはずはない。
「覚えてないなら、デバイスを確認すればいいだろ?」
「? でばいす?」
「は? お前……デバイスを、ニューロデバイスのことも覚えてないのか?」
「?」
もはや国民生活において必須となった端末の存在さえ忘れているという状態に、凪も困惑を隠せない。
だが、覚えていないものを攻めても仕方がないだろう。
気を取り直すと、凪はすぐ少女の左腕を掴む。腕輪のようにはめられた薄い金属にふれると、神経直結回路・ニューロデバイスが呼び出された。少女の腕の上から空中に浮かぶように、半透明の画面とキーボードが出現する。
「悪いけど、ここに目を合わせて。そして、デバイス・オンと言ってくれ」
凪が促すと、フィリアは浮かび上がった画面に目を向ける。
「でばいす・おん?」
網膜認証と音声認識により、フィリアのデバイスが起動状態に入る。すかさず、凪は彼女の経歴についてデバイス内を検索した。
「……ない。経歴がないぞ! どういうことだっ!?」
二○五五年を迎えた現代日本において、ニューロデバイスは個人の全てを記録している。生後すぐに埋め込まれ、あらゆるデータを記録する機器は、十年前の食事時の内容から、昨日の夜に呟いた寝言に至るまで覚えてしまうのである。それは本人の意志でさえ止めることはできない。
「ニューロデバイスは〈イデア〉と常時通信してるんだ。記録の改竄なんて……まさか、ハッキング?」
凪はチラッと少女を見る。ジーっとこちらに視線を送る少女は、容姿から推測できる年齢よりもずっと幼く映った。おそらく、あまりにも無防備な表情をしているせいだ。
「警察に連絡する……か?」
だが、凪は惜しくも感じる。
もし彼女の記録が何者かの手で改竄されているとすれば、〈イデア〉のハッキングが可能である証明だ。凪にとって、それはあまりにも魅力的な情報である。
しばらく考えてみるが、どうにも頭にモヤがかかっているような感覚を覚える。
ふと時計が目に入った。
午前三時一五分。
道理で頭が回らないはずだと、凪は納得した。
「ヤバい、さすがに寝ないとヤバい」
とりあえず、問題は先送りにする。明日も学校はあるのだ。素行が良いとは言えない凪ではあったが、さすがに無断欠席はマズい。
凪はすぐに部屋の明かりを消すと、そのままベッドに寝転がった。
ムニュン。
柔らかな感触。背中に何か柔らかいものが当たっている。
「どうして抱きついてるのかな?」
「これが『ねる』? ……フィリアも寝る」
「いやいや、離れて寝ろ! 一人で寝ろ!」
「一人はイヤ。一緒がいい」
「あのな、お前……さっきから、無防備にも……」
「むぼうび……?」
シャツを一枚しか纏っていない少女。寝転がっているせいか、服がクシャクシャによれる。ちょっとした動きで、胸元のはだけ具合が変化していく。綺麗な鎖骨が顔を出したり、胸の谷間がチラチラと覗いたり。眠気と相まって、凪の思考は乱れまくってしまう。
「これが、チラリズムってヤツか……じゃなくてっ!」
セルフツッコミをかました後、凪はフィリアの体を引き剥がす。彼女に布団を明け渡すと、部屋の床に散乱している本やら雑誌やらをかき分け、何とかスペースを作る。
「お前はそこ、俺はこっち! そこで寝ること! いいな、わかったか?」
「うん? わかった」
「それじゃ、おやすみ!」
凪は畳の上に横になると、すぐに目を瞑る。疲れが溜まっていたためか、すんなりと眠りに落ちることができた。
だが、翌朝に自分にひっつく半裸の少女を前に、再びてんやわんやとなる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます