第一章「美少女=トラブルという真理」

第1話

 キーンコーンカーンコーン……キーンコーンカーンコーン

 ――こういうところは、昔から変わらないらしい。なんでだろうか?

 学校のチャイムを聞きながら、一条凪はつまらないことを考えた。何とか今日も一日を凌ぎきった安心感から、余計な思考が浮かんでしまったのだろう。

「さて、帰ろうか」

 突っ伏していた机から体を起こし、そのまま立ち上がる。

 教室の扉を越え、廊下に踏み出した時、いつもの声が聞こえてきた。

「おい、一条! 今日も付き合えよ!」

 振り向けば、三人の上級生。一年下のクラス前で待ち伏せというのは、何とも暇な話である。

「先輩方、悪いんですが今日は早めに帰らせてもらいます。どうも……体調が悪いもので」

「はあっ!? テメェの体調なんて知ったことかよ! いいから付き合え! こっちはむしゃくしゃしてんだよ!」

 勝手な言い分である。だが、凪からすれば日常的な出来事。あまりにも当然の景色だからか、他の生徒達さえチラ見する程度で、止めに入るようなことはしない、普段ならこの乱暴な誘いを断るなど考えもしないだろう。

 だが、今日に限っては違う。

「付き合ってもかまいませんけど……わかってるんですか? 僕は体調が悪いんですよ? 何かあったら、先輩方の査定に響くかもしれません。いいんですか、キャパ減らしても?」

 凪はわずかに咳払いをしてみせる。すると三人組は、急にお互いの顔を見合わせ始めた。

「……ちっ! さっさと治せよ! いいか、明日には体調整えてこいよな!」

 不機嫌そうな顔をして、御見舞の言葉を捨てゼリフにする。傍から見れば錯乱しているように見えるが、本人達は気付いていないようだ。そのまま、三人仲良く、廊下を歩いて立ち去っていった。

「いいの、あれ? 明日がキツくなるんじゃない?」

「いいわけないだろ。けど、今日は早く帰らなきゃいけないんだよ」

 心配を口にしながら、ニヤリと笑っている同級生の少女に、凪は素っ気なく返事をする。

 黒い髪は後ろで束ねられているが、腰の高さまで伸びていて、サラッと生糸のように揺れている。わずかに焼けた肌は健康的で、いわゆるスポーツ女子の美しさが見受けられた。

 男性なら、自然と視線を吸い込まれるような美少女を前にしながら、凪の表情はまったく変わらない。

「何ならさ、私がやっつけてあげようか? ウナギに手を出すヤツは、この私――高津美樹が容赦しないぞっ!」

 シュッシュッと、ボクシングのようなポーズを取る美樹。

「お前さ、絶対にするなよな。やったらその分、あとで面倒なのは俺なんだから」

「どうしてやられっぱなしにするのさ! ウナギだって本当は見返してやりたいだろ! 昔はやってたんだから、一発ノックアウトしてやりなよ!」

 意気揚々とシャドウボクシングを続けてみせる。

 一体何年前の話をしているのやら。

 呆れながら、凪は彼女の発した単語に抗議をする。

「ウナギはいい加減やめろよ。いつの仇名だ。お前だってイヤだろ、ツミキって呼ばれるの」

「え? 全然。むしろ呼んでよ、昔みたいにさ。ツミキちゃんって!」

「……体調悪いから帰るわ。それじゃ、さようなら高津さん」

 目をキラキラさせていた美樹だったが、凪のそっけない態度に唇を尖らせる。

「そうだ」

 帰ろうと歩き出した凪だったが、とあることに思い至り振り返る。

「なぁ、ツミキ」

「何かな、ウナギ君? もしかして、一緒に帰ってほしい?」

 美樹は不機嫌そうな顔を止め、ニコニコと笑ってみせた。凪は彼女の表情を見る……のではなく、少しだけ視線を下げる。

「うん、多分同じくらいだな」

「何の話?」

 よくわからないといった風に眉をひそめる美樹。凪は彼女の質問には答えず、代わりに尋ねる。

「お前のブラ、何カップ?」

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