ゼロへと至る無限演算(プロトコール)

五五五

プロローグ

 高校二年生・一条凪は状況を理解しようと努めた。

 目の前に現れたのは見知らぬ少女。

 雑然とした六畳一間。部屋の本棚は、マニアックな書籍や雑誌で埋められている。入り切らない本は、床に山積みになったままだ。万年床になっている布団の上にまで迫らんとしている本の山だが、どうにか作られた足場から、わずかに畳の目が見えている。

 凪の背後では、コンピュータのファンが唸りを上げている。作業にメドが付き、一眠りしよう振り向いた時、見たことのない少女が立っていたのだ。

「えーっと、どちらさま……?」

 質問を投げかけてみるが、少女は反応を示さない。

 沈黙の中、凪は返事を待ちながら、少女の姿を確認していく。

 日本人とまったく違う薄紫の髪は、紫水晶で作られたような淡い色合い。真っ白な肌は、本物の雪でできているのかと見間違うほどだ。そして、向けられる視線の奥、燃えるようなヴァーミリオンの瞳に吸い込まれそうになる。

 ――一体、どこから入ってきたんだ?

 凪は逡巡する。部屋の扉には間違いなく鍵をしたはずだ。窓は雨戸を閉じたままにしているし、そもそも作業に使うラップトップの裏にある。他に入り込めるような場所はない。

 ここで彼はある事実に気付く。だから思わず呟いてしまった。

「おっぱい……」

 正体不明の少女は素っ裸だった。

 美少女ゲームから飛び出してきたような抜群のスタイルで、豊満な胸は美麗な流線で象られた輪郭をしている。そして、そこからさらに下へ視線を……

「フィリア」

 急に声がして、凪は視線を上げた。

 まるで天使の囁きのような声が、彼の全神経を音源へと引っ張る。

「お前、いま喋ったか?」

「名前……フィリア」

 どうやら、少女――フィリアは、最初の質問に答えているようだ。

「そっか、フィリアっていうのか」

 コクリと頷く少女。凪は静かに嘆息を漏らすと、もう一度口を開いた。

「とりあえず……服着ろよ」

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