しらゆきべにばら

小高まあな

しらゆきべにばら

 しらゆきは、雪の日に消えた。

 私の双子の姉だった。


 私たちはとてもよく似た双子だった。一卵性だったから、顔も鏡に映した様にそっくりだった。好みの食べ物も、好みの男性も、一緒だった。

 違いといえば、しらゆきはパーマをかけていたことと、しらゆきの方が私よりも少し社交性があって明るかったぐらいだ。


 あの日は、朝から吹雪いていた。

 しらゆきは、出かけたきり帰ってこなかった。

 あの子は白いから、雪に紛れてしまったのかもしれない。


 あれから五年経った。

 あの時、二十歳だった私は、一昨日で二十五になった。

 しらゆきも、二十五歳になるのだろうか。

 五年経つけれども、未だにしらゆきは夢にでてくる。

「べにばらちゃん、べにばらちゃん」

 夢はいつも一緒だ。

 しらゆきは、私の名前を二度呼んで、じっと私のことを見ている。

 少し色素の薄い茶色い瞳で私を見ている。私とそっくりの顔で私を見ている。何か言いたげに。


 その日は、吹雪がやんだ日だった。

 電話を受け取ったのは母だ。

「もしもし。ええ、そうですが。え……、警察?」

 聞き慣れない単語に、私は読んでいた雑誌から顔をあげた。

「え、ええ。はい、はい」

 話していくうちに母の顔から色が、血の気が、無くなっていく。雪のように白くなる。

 母は受話器を置くと、小さく呟いた。

「べにばらちゃん……」

「どうしたの?」

 声をかけると母が振り返った。真っ白い顔。

「工事中の山の中から、あの子の持ち物が出て来たんだって」

「え?」

「それからっ」

 母の声が一度つまる。次に母の口からでた声は、悲鳴のようにうわずっていた。

「それから、白骨化した遺体が一緒にっ」


 その骨は、雪のように白かった。

 DNA鑑定の結果、それはしらゆきのものだとわかった。私のDNAと一致したのだ。

 私は、泣き崩れる母の肩を抱いた。


 あの日は、朝から吹雪いていた。

 何に惑わされたのか、未だにわからない。

 その白い肌に、バラ色のチークをさして、嬉しそうにしらゆきが笑う。

 彼女はとても優しくて、綺麗で、可愛くて、いい子だったけれども、たまに悪魔のように残酷だった。

「しらゆき、こんな吹雪なのに出かけるの? やめといたら?」

 化粧をしている彼女の後ろで雑誌を読みながら言う。

「べにばらちゃん、べにばらちゃん」

 しらゆきはいつだって、私の名前を二度呼んだ。

「今日ね、デートなの」

 そういって、デートの相手の名前をあげる。

 私の、彼氏の名前だった。

 目を見開いてしらゆきを見る。鏡越しに目があって、しらゆきは白い顔の中で、赤い唇をゆっくりと持ち上げて、笑った。

「ごめんね、べにばらちゃん。許してね、べにばらちゃん」

 しらゆきは、いつだってそうやって私から色々なものを奪って来ていた。

 頭がよくて可愛くて、人懐っこいから。親の愛も。可愛い色の洋服も。

 だから、いつものように私は一つため息をつくだけで終わらせた。そのときは。

 あの日は、朝から吹雪いていた。

 しらゆきは吹雪の中、出かけていった。

 何かに惑わされていたのだ。

 その後をつけて、スコップで頭を殴って、首をしめた。

 しらゆきは驚いたような顔をしていたけれども、最後には微笑んでいた。

 しらゆきが何を考えていたのか、わからない。

 スコップで殴った時にでた血が、白い雪を赤く染めた。

 私は吹雪の中、しらゆきを車に乗せて、山に埋めた。


 母が泣いている。

「べにばらちゃん、べにばらちゃん」

 私の名前を呼びながら、母は泣いている。

 私はその肩を抱く。

 周りを強面の警官達が立っている。


 私たちはとてもよく似た双子だった。しらゆきはパーマをかけていて、そしてしらゆきの方が、私より少し社交性があって明るかったぐらいで。だから、私たちが入れ替わっても誰も気づかない。

 実の親だって気づいていない。

 あの日、しらゆきを埋めたその後で、家から遠い美容院でパーマをかけた。しらゆきの名で。

 しらゆきが好みそうな洋服を買って、着替えて帰った。どきどきしながらドアをあけた私に、母は微笑んだのだ。「あら、おかえり、しらゆきちゃん」と。

 カレシだって気づいていない。約束をすっぽかしたしらゆきを、私を軽く軽く怒っただけだ。

 あの日から、私がしらゆきだ。

「べにばらちゃん……」

 母の嗚咽。

 足音。ドアを開けて入って来たのは、例のカレだった。

「しらゆき。べにばらが見つかったって……」

 カレの言葉に一つ頷く。

 そして私はカレにすがりついた。

 誰も気づかない。カレも気づいていない。私が、しらゆきだ。


 あの日は、雪が降っていた。

 しらゆきの骨は、骨さえも、雪のようにしろかった。

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しらゆきべにばら 小高まあな @kmaana

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