第6話

 ──ふと気が付くと、そこは白い霧の中だった。

 どうやら、今まで気を失っていたらしい。

 直後、操縦席の中であわてた私は、すぐさま操縦桿そうじゅうかんを引いて高度を上げた。

 このままだと、次の瞬間にも、見えていない地形や建物などに激突し、機体ごとバラバラになって仕舞うかも知れ無い。

 幸い、操縦桿そうじゅうかんによる機体のコントロールはちゃんと利いてくれた。


 視界の無い霧の中から抜けると、真っ白な雲の真上に、明るく輝く太陽があった。

 燃料の残量と太陽高度を見た限りでは、どうやら、今は午後の様だ。

 その証拠に、左腕にめた腕時計の示している時刻は、作戦開始後から数時間以上が経過している事を教えている。

 私は眼前に広がる平らな雲海の真上をゆっくりと飛びながら、上を見上げる。

 こう言う隠れる物の無い全くの青空は警戒すべきだが、今の所、対空レーダーに『奴ら』の反応は無い。

 肉眼でも、それらしい機影は確認出来無かった。

 対気速度、レーダー装置……全て、今の所は問題無し。

 とりあえず、飛行に問題は無い様だ。

 そこで、ほっと胸を撫で下ろす。

 私は幸運だ。

 是非とも試したいのは緊急脱出装置の動作確認だが、これはいよいよ機体を捨てると言う状況の時まで、試す事は出来無い。

 

 愛機の損傷は激しかったが、あの新兵器を懸架けんかする為に機体下部の構造が予め強化されており、着陸する為の車輪ランディング・ギアが無事だった事と、海岸線に沿ってほぼ平らな砂丘が広がっている地形だった事が幸いし、その不時着は完璧なほどに上手く行った。


 見た事の無い植物に、海岸に打ち上げられている見知らぬ軟体動物。

 何から何まで、私の全く知ら無い土地だ。

 着陸の前に操縦席から見た景色では、付近の住民はここから少し離れた場所で都市を形成している様だ。

 もしここが『奴ら』の基地なら、その正体は本当は人間なのでは無いかとすら思う。

 それにしても、先程受けた地上施設からのレーダー照射が気になる。

 もし放出した囮に引っ掛から無かったのなら、この場所を突き止めて捜索に来るはずだ。

 私は不時着した現場から離脱する為、座席の下から自然環境での生存に必要な装備の詰まったリュックを引きずり出し、愛機の心臓部である演算装置も、取り外してその中に入れた。

 何だか身体が軽い。


 透明なキャノピーを開けると、私は砂浜の上に飛び降り、胴部の横に付いた蓋を開けて、機体を飛ばすエネルギーの供給源であるコアの安全装置を外す。

 そこにリュックの中に入っているコードを装着して準備が整うと、私は決められた手順通り、機体を燃やす事にした。

 この機体は、とりわけ高度な軍事機密の塊だ。

 オーリア連邦の市民の様に、例え守るべき味方の存在であったとしても、機体の詳しい形状や、そこから推察出来る運動性能などを知られる訳には行か無い。

 よって、エクスリストに所属する飛行士パイロットは、特に他国に不時着した場合、決められた手順に従って、この各所に特別な秘密をちりばめた機体を処理する必要がある。


 私は心の中で愛機に別れを告げると、伸びたコードの端に備えられたスイッチを押し、これまで自分を守ってくれた愛機の自壊じかいシークエンスを開始した。

 炭素化合物を主体とする軽量で頑丈な愛機は、数十秒の後、大気中の酸素との結合を始める。

 私と共に多くの作戦を遂行し、今や歴戦の勇士である愛機は、各所から細かい火の粉を巻き上げながら、綺麗な明るいオレンジに輝きながら炎上し、その1年半に渡る生涯を閉じた。

 煙は殆ど出無いので、上がって来た迎撃機が高空を飛んでいれば、ここが発見される事も無いだろう。

 そうして、今や灰になった愛機の残骸ざんがいを、私は拾った木の棒で突き崩し、機密保持の為の処理をし終えた。

 エクスリストの任務に置ける出撃は全て秘匿ひとくされており、撃墜数や参加した作戦の勲章などはペイントされてい無いが、物覚えの良い私の頭は、この機体が残したそれらの業績の全てを記憶している。

 最後に、私はもう一度残骸を一瞥いちべつし、愛機を構成していた重要な箇所が全て燃えたのを確認すると、森の中へと歩き出した。

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