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「あんたさあ、いくら喧嘩したからって、電話もメールも無視って、酷過ぎるんじゃないの? ずっと音信不通にするつもりだったの? 安田さんがあたしと番号交換したのを思い出して連絡くれたからこうして仲直りの機会作ってあげられたけど。ホント、どうするつもりだったの?」
「喧嘩? なんの話?」
「なにすっとぼけてんのよ? まったく、あんたってホント冷たいよね? 安田さんとそういう関係だってこと、あたしに何年もずーっと隠してるなんてさ! それでも友達?」
「そういう?」
って、どういう……。
「玲子ちゃん、ごめん。俺たちが付き合ってるのを歩夢が言えなかったのも俺が悪いの。けっして歩夢が玲子ちゃんを蔑ろにしてたわけじゃないんだ。だから、ホントごめん。俺が謝るから歩夢を責めないでやってくれる?」
「べつにあたし、責めてるわけじゃないよ? でも、隠しごとされるってなんか信用されてないみたいで嫌じゃない。ちょっとくらい相談してくれたったよかったって思うのよね」
「歩夢だって相談したかったと思うよ。でも、いろいろあったしさ。たとえ親友でも話しにくいことってあるでしょ? 歩夢もつらかったんだよ。それに、元はと言えば、歩夢に誤解させるようなことをした俺が悪いんだから」
「はぁ?」
ちょっと待て。この男と私が、いろいろ何があって、何を誤解しているというのか。
「そう、なのかな? まあね、過ぎたことはいまさらだからもういいけどさあ。それより問題は、歩夢のその態度よ。安田さんは自分が悪いって言うけど、男と女のことって、どっちがどうって簡単に言い切れるもんじゃないでしょ? 歩夢だって悪いところいっぱいあるにきまってるもん」
「……?……」
このふたりはいったい、なんの話をしているのでしょう。誰か、教えてくれませんかね。
駅前にあるチェーンのカフェで私たちと向かい合い、申しわけないと苦笑いを浮かべているこの男、
繰り広げられているふたりの会話が意味不明なのはもちろん、安田がなぜ、いまごろになって私の前に現れたのか、頭の中は疑問符だらけだ。
「玲子ちゃん、ありがとう。でも、本当に、悪いのは僕なんだよ」
「でも……」
「いいんだ。せっかくこうして機会をもらえたんだ。歩夢の誤解を解いて、これから先のこともちゃんと話し合うよ」
「安田さん……。そうだよね? 話せばわかるよね。わかった。もう言いません。あたしは歩夢が幸せになってくれればそれでいいの。だから、あとは安田さんが頑張って!」
スッと立ち上がった玲子のシャツの裾を引っ張った。
「ちょっと? 玲子?」
「そういうことだから! いつまでも意地張ってないでちゃんと話し合いなさい。あんたみたいな偏屈な子をこんなに一途に想ってくれるひとなんてそうそういないんだからね」
バッグを肩にかけた玲子は、アイスコーヒーの最後の一口を飲み干すと、隼人との待ち合わせに遅れちゃう、と、軽い足取りで店を出ていった。
向かい側では、いかにも優しげな笑みを浮かべた男が、元はホットだったコーヒーに、いまさらミルクを注いでいる。
「関口、久しぶりに会ったんだ。もっと嬉しそうな顔しろよ」
以前の私は、この男の甘い笑みと優しい声音に、すっかり騙されていた。
親切な先輩と信じて誘われるまま就職し、毎日がデスマーチのあの職場で、一ヶ月百時間超えの残業に勤しみ続けた。その結果が、病院送りだ。
この男が点滴に繋がれた私を見下ろして「使えないヤツ」と、小さく呟き舌打ちしたあの一瞬を、私は忘れない。
ともかく、安田の甘い口には、要注意。世間知らずで全方位に甘い天然玲子を騙すなんて、この男の口にかかれば、赤子の手を捻るよりも容易い。
「私たちが付き合ってるって、どういうことです? まったく。玲子に変なこと吹き込まないでください」
「吹き込むなんて大げさな。俺たちの関係をちょっと
なにがちょっと
玲子のあの様子を見たら、どこまで暴走することか。ああ、面倒くさい。あの子になにをどうやって話せばいいのか、考えるだけで頭痛がする。この責任、いったい誰が取ってくれるんだ。
「誤解?」
「うん。誤解。って、なにその顔? そんな嫌そうな顔するなよぉ。悪かったって。おまえの連絡先わからなかったんだから、仕方ないだろ? 玲子ちゃん騙したのは認めるし謝るからさ、もういいだろー? 許してよ」
腹立たしくて睨みつけていると、くしゃっと悪気のない笑顔を向けられる。そう、この笑顔にずっと黙れていたのだと、思い出す。
「私はいつでもこんな顔です。それで? こんなことして突然なんなんですか?」
「つれないなぁ……。ちょっと昔のよしみで話したいことがあってさ」
「私と安田さんの間に、昔のよしみなんてなにもありませんけど?」
「おまえ……、言うようになったな。まあいいや。じゃあ、本題。関口、おまえ、ウチに戻ってくる気はないか?」
「はぁ? なにをいまさら……」
冗談じゃない。病院送りにまでなっているんだ。いまさら戻ってデスマーチなんて、誰が好き好んでやるものか。
「ウチさ、個人用のアプリ開発始めたんだよ。それでそのチームリーダーを俺が任されてるわけ。だから、おまえが俺の下についてくれればと、思ってさぁ」
「安田さんの下につくって?」
「一度言えばわかるだろう? ウチに戻ってこいってことだよ」
「戻るって……どうして私なんですか? もう会社辞めたのに」
「だっておまえ、アプリ得意だろ? あの出目金、ウチでも評判だぞ。凄い人気じゃないか」
「えっ?」
出目金って……なぜそれを。
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